安心のはずが一転、息子の言葉に愕然

引っ越しから数週間後。荷ほどきも終わり、ようやく新しい生活に慣れはじめたころのこと。Aさんは、息子と今後の返済について具体的な話をしていなかったことに気づきました。

Aさんは当然のように、「返済の大部分は息子が負担してくれる」と思い込んでいました。Aさんは定年後も勤務を続けていましたが、もうすぐ完全リタイアの予定。年金生活で住宅ローンを背負うのは難しく、「メインは働き盛りの息子、サポートとして自分が一部負担する」というのが当然だと考えていたのです。

しかし、息子から返ってきた言葉に、Aさんは愕然としました。

「え、払えないよ。いまは母さんの返済期間でしょ。僕は投資を始めたばかりだし、そっちにお金を使ってるから無理。年金もあるでしょ。がんばってよ」

悪びれもせず、スマホをみながらいう息子。Aさんは耳を疑いました。住宅ローンの返済額は月9万円。一方、Aさんの年金は月18万円。つまり、年金の半分がローン返済に消える計算です。

「ひょっとして、息子は最初からこのつもりで契約していたの?」

夫の死後、女手一つでパートを掛け持ちし、自分のことはすべて後回しにしてきました。息子は大学卒業後も、なかなか一人暮らしを始めず、Aさんはその間の家事の一切を働きながら引き受けてきたのです。Aさんの脳裏に、ボロボロになりながら息子を育て上げた日々が蘇ります。その苦労のすべてが、息子の「投資」という身勝手な理由のために利用され、無残に踏みにじられたように感じました。

信じていた息子に裏切られたという絶望は、Aさんの心の底から冷たい怒りを引きずり出します。この世で最も愛し、守ってきたはずの存在が、いまこの瞬間、最も憎い人間に変わったのです。Aさんはその場に崩れ落ちそうになるのを必死でこらえました。

Aさんは、その後しばらく契約書を何度も読み返しました。そこには、見落としていた現実が書かれていました。主債務者はAさん自身、息子は連帯債務者となっており、当面の返済を代表するのはAさん自身。バトンが息子に引き継がれるのは、Aさんが80歳になってからだったのです。