「お米5キロが高級品に」物価高が直撃した年金夫婦の現実

アパートで暮らす神宮寺夫妻(夫68歳、妻64歳)の月曜日の朝は、いつも憂鬱から始まります。妻の恵子さんが手にするのは電卓とレシート、そして薄くなった家計簿。「また足りない……」小さなため息と共に漏れる言葉が、暗いリビングの雰囲気をさらに暗くします。

 3年前、夫の英明さんが完全にリタイアした時、月15万円の年金でも「質素にすれば何とかなる」と考えていました。家賃7万円のアパート、光熱費1万5,000円、食費3万円。日用品や通信費、その他の費用をプラスしても、計算上はギリギリやっていけたはずでした。しかし現実は違いました。

「お米5キロが4,400円もするのよ。以前はその半分だったのに」。恵子さんの声には疲労が滲みます。食パン1斤が200円を超え、卵1パックが300円近く。日用品も洗剤やトイレットペーパーまで軒並み値上がりしています。

こうした物価高は、夫妻の暮らしを根底から変えてしまいました。

節約の限界―「電気代を気にして熱中症寸前」の危険な日常

恵子さんは、朝10時と夕方6時、自転車で近所のスーパーやドラッグストアを回るのが日課です。その日の数量限定の特売品は朝一番で手に入れます。夕方6時から7時にかけては、賞味期限の近い見切り品に黄色や赤色の30%割引、50%割引の値札が重ね貼りされるのを狙います。

以前は週に3回は魚や肉を買えていたのが、今では月に数回の特売日のみ。「豆腐と卵とモヤシが主役になっちゃった」と苦笑いする恵子さんですが、その表情には限界が見え隠れしています。

真夏になり室温が35度を超えても「電気代が怖い」とエアコンをつけるのを躊躇するという恵子さん。さらに、外出も激減しました。電車賃、バス代さえもったいなく感じる毎日。

「隣の県に住む孫の顔を見に行きたいけど、交通費を考えると……」。英明さんの言葉に、物価高が奪っているのは生活費だけでなく、人とのつながりや生きがいそのものだということが分かります。

神宮寺夫妻の節約努力は涙ぐましいものがあります。しかし、医療費や電化製品の故障による買い替え、アパートの更新料、冠婚葬祭などの支出もあり、夫の定年からわずか3年で貯金は1,300万円から1,000万円に減りました。

来年になれば、恵子さんも年金を受給できるようになります。しかし、その金額は月6万8,000円ほど。夫婦合わせて月22万円弱の年金は一般的に見ればそれほど少なくありませんが、減ってしまった貯金に、先々の病気や介護の可能性。突発的な支出があれば、資産は夫婦の寿命まで持たないかもしれない――。そんな不安に駆られています。

なぜ、ここまでの苦境に陥ったのでしょうか。