「昔と同じ感覚」の罠—年金制度の対応も物価上昇に追いつかない現実

「なぜ、ここまで生活が苦しいのか」。神宮寺夫妻の疑問の答えは、実は数字に隠されています。市の主催する無料家計相談会で出会ったファイナンシャル・プランナーの永瀬財也さん(仮名)は、夫婦にこう問いかけました。

「3年前に月15万円だった年金が、今どれくらいの価値になっているかご存じですか?」

「15万円は15万円でしょ? むしろ少し増えたはずだけど……」と英明さん。永瀬さんは首を振ります。

「確かに名目上は2025年度の年金額が1.9%引き上げられました。これは「名目手取り賃金変動率にマクロ経済スライドの調整を加える仕組み」によるものです。制度上は物価や賃金に対応する仕組みがありますが、実際の物価上昇率はそれを大きく上回っています。そのため、数字の上では増えているように見えても、3年前の15万円は今ではおよそ14万5,000円程度の価値しかありません。つまり、実質的には毎月5,000円前後目減りしているんです」

「でも、5,000円どころじゃないぐらいお金の減りが激しいんですよね」と恵子さん。 永瀬さんは続けます。

「その感覚は正しいですよ。実際に負担感が強いのは、米や野菜、卵やパンといった“毎日欠かせない食品”の値上げです。家計に占める割合が大きい必需品ほど上がっているから、数字以上に暮らしが苦しく感じられるんです。電気代も上がっていますし、家賃が値上げになるケースも増えています。『年金額は減っていないのに生活が厳しい』という違和感の正体は、ここにあります」

「うちはまだ言われていませんが、家賃まで値上げになったらどうしていいのか。昔はここまで物価の影響なんて考えなくて良かったのに……」

英明さんの言葉が示すように、これまで多くの日本人は「お金の価値は変わらない」という前提で老後設計をしてきました。しかし、その常識はもはや通用しない時代に突入しています。

さらに深刻なのは、年金世帯の多くが「現金・預貯金」に頼っていることです。「銀行に預けておけば安心」という考えは、インフレ時代には逆にリスクとなります。現金の価値が目減りしていく中で、ただ持っているだけでは資産は実質的に減少していくのです。

では、すでに年金生活に入った世帯に、打つ手はないのでしょうか。