「今月も3万円足りない…」通帳を見つめる手が震える神宮寺夫妻。月15万円の年金で2人暮らしのアパート生活は、物価高騰の波に完全に飲み込まれていました。3年前まで「なんとかやっていける」と思っていた家計は、今や毎月貯金を切り崩さなければ生活できない状況に。お米を買うのも躊躇し、電気代を気にして真夏でもエアコンを我慢する日々。「昔と同じ感覚」では到底暮らしていけない現実に直面した老夫婦の切実な体験から、私たちが今すぐ考えなければならない老後の資産防衛策をFPの青山創星氏が探ります。
お米はもはや高級品です…〈年金月15万円〉〈貯金1,000万円〉家賃7万円のアパートで慎ましく60代年金夫婦。「今月も3万円足りない」みるみる減る貯金に忍び寄る「老後破産の影」【FPの助言】
現役時代から考えておくべき「WPP戦略」―人生100年時代の老後設計
まだ現役で働く皆さんには、神宮寺夫妻よりも多くの選択肢があります。その中で役に立つのは、「WPP戦略」です。名古屋経済大学の谷内陽一教授が、厚生労働省社会保障審議会企業年金・個人年金部会で紹介している戦略です。
WPP戦略に基づく対応策は以下の通りです。
①W(Work longer):長く働く
65歳で完全リタイアではなく、70歳まで働くことを検討する。
<長く働くメリット>
・ 収入継続で貯蓄・投資の余裕ができる
・健康寿命の延伸効果
②P(Private pensions):私的年金・自助努力
iDeCo、新NISA、企業年金を最大限活用する。
<具体的な対策>
・ 新NISA:年間360万円まで非課税投資
・iDeCo:所得控除付き非課税積立
・インフレ対応型商品:個人向変動10年国債、バランス型投資信託など
③P(Public pensions):公的年金の最適化
公的年金は工夫次第で“増やす”こともできる。 その代表が繰下げ受給。
・ 年金受給を1ヵ月遅らせるごとに0.7%増額。
・ 65歳から70歳まで5年間遅らせれば42%増→毎月15万円の人なら、21.3万円に。
・75歳まで遅らせれば84%増→毎月15万円が、なんと27.6万円に。
上記のうち、繰下げ受給については、「遅らせた分だけ損するんじゃないの?」と不安に思う方も多いでしょう。 実際の損益分岐点は繰下げ後11年11ヵ月。70歳から受け取り始めた場合は81歳11ヵ月を超えると、65歳から受け取った人より生涯総額が多くなります。
平均余命から計算すると、現在65歳の男性は平均で約85歳、女性は約90歳まで生きると見込まれています。 つまり、多くの人は繰下げ受給の方が「得」になる可能性が高いのです。健康寿命や生活資金の余裕をどう考えるかによって、最適な選択は変わるという点には注意が必要です。
従来の『退職したら年金だけに頼る』という発想では、もはや立ち行きません。公的年金をベースにしつつ、自助努力で私的年金を積み立て、さらに可能な限り長く働く。この三位一体の戦略こそが、これからの老後設計には必要です。
今すぐ始めたい老後資産防衛の重要ポイント
神宮寺夫妻の体験から学べる重要なポイントは以下の通りです。
物価上昇の現実を受け入れる
・年2%のインフレでも、10年続けばお金の実質価値は18%目減り(2024年の消費者物価の平均総合指数は前年比2.7%の上昇)
・年金制度には物価上昇対応機能はあるが、物価上昇に追いつかない
現金・預貯金だけのリスクを理解する
・銀行預金の安全神話は、インフレ時代には通用しない
・適度なリスクを取った資産防衛策が必要
現役時代からのWPP戦略が生死を分ける
・長く働く、私的年金、公的年金の三位一体
・iDeCo、新NISA活用による長期積立投資
・インフレ対応型金融商品への分散投資
老後に入ってからでも諦めない
・限定的でも対応策は存在する
・生活費削減、副収入確保、公的サービス活用が重要
物価高騰という「見えない敵」から老後生活を守るには、従来の常識を捨て、新しい時代に適応した資産管理が不可欠です。神宮寺夫妻のような状況になってから慌てるのではなく、まだ働いている今のうちに、しっかりとした準備を始めることが何より重要なのです。
ファイナンシャルプランナー
青山創星