(※写真はイメージです/PIXTA)
崩れ去った「地方暮らしで安泰」という幻想
穏やかな地方暮らしは、都会の喧騒に疲れた人であれば、誰もが一度は憧れる生活です。しかし山本さんが70歳を過ぎたころ、生活は一変します。長年連れ添った妻が病で急逝。山本さん自身にも病が見つかったのです。ガンでした。
比較的早期発見ではありましたが、問題は治療環境。移住先の町には、専門的な治療を受けられる大きな病院がありません。最も近い大学病院でも、車で2時間ほどかかります。高齢の身で一人、長距離の通院を続けるのは現実的ではありませんでした。
「最初は、近くの診療所の先生に相談していたんです。でも、詳しい検査や治療となると、やはり都市部の病院でないと難しいと言われました。都会の利便性なんて、もう自分には関係ないと思っていたのに……」
結局、山本さんは治療に専念するため、住み慣れた地方の家を売り払い、一人娘が暮らす東京に戻ることを決断します。娘の家の近くに何とかこのアパートを見つけましたが、改めて東京暮らしの厳しさを痛感します。
「やっぱり、家賃は高いね。意外かもしれないけど、水道は安いんだよ東京は。でもあとは地方のほうが全部安いかな」
総務省統計局『家計調査報告(家計収支編)2023年』によると、65歳以上の単身無職世帯の消費支出は、月平均で15万4,601円。月12万円の年金では、毎月赤字が出る水準です。山本さんの場合、さらに高額の治療費もプラスされます。自己負担額2割とはいえ大きな出費です。
「なんで、繰上げ受給なんてしてしまったんだろう……」
最近、山本さんは毎日、この言葉を繰り返しています。もし、65歳まで待って月18万円の年金を受け取っていれば、生活はここまで苦しくないのではないか。
「地方移住なんてしなければ……」
「60歳で仕事を辞めなければ……」
自身がしたすべての選択が裏目に出たと、あらゆることを悔やんでいます。
厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、厚生年金保険(第1号)受給権者の0.9%、数にして25.9万人が繰上げ受給を選択。その数は5年で2.5倍に増加しています。自身のライフスタイルに合わせて、「受給額が減ったとしても早く年金を受け取りたい」と繰上げ受給を選択する人が増えています。
山本さんの選択も、「老後の生活(=地方での暮らし)を安定させるため」と理にかなったものでした。しかし繰上げ受給で一度減額された年金額は、生涯変わることはありません。ライフスタイルが変化し「もっと年金をもらえたら……」ということも珍しいことではないでしょう。
年金の受け取り時期。さまざまな想定のもと、しっかりと決めたいものです。
[参考資料]
日本年金機構『繰上げ受給』
総務省統計局『家計調査報告(家計収支編)2023年』
厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』