年金をいつから受け取るか……それは人生の大きな選択です。受取額が減っても生活を安定させるために早く受け取る選択もあれば、受け取り時期を遅らせてでも受取額を増やしたい選択もあります。様々な考えで受け取り時期を決めますが、一度下した決断に後悔がないとは言い切れないようです。
なんで〈繰上げ受給〉なんて、してしまったんだろう…地方移住を夢見た74歳男性の絶望。〈年金月12万円〉自身の選択を大後悔するワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

崩れ去った「地方暮らしで安泰」という幻想

穏やかな地方暮らしは、都会の喧騒に疲れた人であれば、誰もが一度は憧れる生活です。しかし山本さんが70歳を過ぎたころ、生活は一変します。長年連れ添った妻が病で急逝。山本さん自身にも病が見つかったのです。ガンでした。

 

比較的早期発見ではありましたが、問題は治療環境。移住先の町には、専門的な治療を受けられる大きな病院がありません。最も近い大学病院でも、車で2時間ほどかかります。高齢の身で一人、長距離の通院を続けるのは現実的ではありませんでした。

 

「最初は、近くの診療所の先生に相談していたんです。でも、詳しい検査や治療となると、やはり都市部の病院でないと難しいと言われました。都会の利便性なんて、もう自分には関係ないと思っていたのに……」

 

結局、山本さんは治療に専念するため、住み慣れた地方の家を売り払い、一人娘が暮らす東京に戻ることを決断します。娘の家の近くに何とかこのアパートを見つけましたが、改めて東京暮らしの厳しさを痛感します。

 

「やっぱり、家賃は高いね。意外かもしれないけど、水道は安いんだよ東京は。でもあとは地方のほうが全部安いかな」

 

総務省統計局『家計調査報告(家計収支編)2023年』によると、65歳以上の単身無職世帯の消費支出は、月平均で15万4,601円。月12万円の年金では、毎月赤字が出る水準です。山本さんの場合、さらに高額の治療費もプラスされます。自己負担額2割とはいえ大きな出費です。

 

「なんで、繰上げ受給なんてしてしまったんだろう……」

 

最近、山本さんは毎日、この言葉を繰り返しています。もし、65歳まで待って月18万円の年金を受け取っていれば、生活はここまで苦しくないのではないか。

 

「地方移住なんてしなければ……」
「60歳で仕事を辞めなければ……」

 

自身がしたすべての選択が裏目に出たと、あらゆることを悔やんでいます。

 

厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、厚生年金保険(第1号)受給権者の0.9%、数にして25.9万人が繰上げ受給を選択。その数は5年で2.5倍に増加しています。自身のライフスタイルに合わせて、「受給額が減ったとしても早く年金を受け取りたい」と繰上げ受給を選択する人が増えています。

 

山本さんの選択も、「老後の生活(=地方での暮らし)を安定させるため」と理にかなったものでした。しかし繰上げ受給で一度減額された年金額は、生涯変わることはありません。ライフスタイルが変化し「もっと年金をもらえたら……」ということも珍しいことではないでしょう。

 

年金の受け取り時期。さまざまな想定のもと、しっかりと決めたいものです。

 

[参考資料]
日本年金機構『繰上げ受給』
総務省統計局『家計調査報告(家計収支編)2023年』
厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』