(※写真はイメージです/PIXTA)
穏やかな老後に見えた「小さな綻び」
鈴木健一さん(45歳・仮名)が、一人暮らしの母親である良子さん(78歳・仮名)の異変に気づいたのは、不定期にかけている電話連絡でのこと。いつもは「変わりないよ」と明るい声が返ってくるはずが、その日の声は明らかに沈んでいました。
「最近、どうも物忘れがひどくてねぇ……」
年齢を考えれば無理もないことかもしれませんが、その声色には、単なる老化とは違う、何か追い詰められたような響きが感じられたのです。健一さんの胸に、小さな不安が芽生えました。
良子さんは、5年前に夫を亡くしてから実家で一人暮らしをしています。生活のベースとなる年金は、遺族年金と合わせて月におよそ18万円。総務省統計局『家計調査報告(家計収支編)2024年 平均結果』によると、65歳以上の単身無職世帯の消費支出は1カ月あたり15万4,601円。良子さんの年金の手取り額は15万~16万円ということを考えると、年金だけでも暮らしていける計算になります。実際に趣味のガーデニングや、地域のサークル活動を楽しんでいると話してくれていたといいます。
しかし、電話口で聞こえてくるのは、ため息ばかり。「最近、食費も光熱費も高くて大変」「この間、給湯器が壊れてしまって……」と、お金に困っていることをそれとなく匂わせる言葉ばかりが並びます。
「母さん、何か困っていることがあるなら、正直に言ってほしい。お金のことなら、無理だけはしないでくれ」
健一さんがそう切り出しても、良子さんは「大丈夫、大丈夫だから」と繰り返すばかり。その頑なな態度が、かえって不安を煽りました。
「このままではいけない」。そう直感した健一さんは、週末、帰省して実際のところを確認しようと決めました。片道3時間をかけて、7カ月ぶりの実家。インターホンを鳴らすと、少し間を置いてから、ゆっくりとドアが開かれました。そこに立っていた母の姿は、以前よりも痩せ、どこか憔悴しきっていました。