安定や高収入を手放して新たな環境に飛び込む決断は、誰にとっても大きな挑戦です。転職市場では、これまでの実績や肩書きが必ずしも新天地で評価されるとは限りません。変化の波にどう向き合い、どんな覚悟で次の一歩を踏み出すのか、問われています。
〈年収1,300万円〉を捨て49歳で転職を決意した勝ち組サラリーマン。「俺ならやれる」と華麗なる転身のつもりが、2ヵ月後、通帳に記された〈給与額〉に愕然 (※写真はイメージです/PIXTA)

通用しない「前職の常識」…突きつけられた「市場価値」という現実

若手の転職であろうと、ミドル世代の転職であろうと、すべてが思い描いたとおりにうまくいくとは限りません。鈴木さんの場合、新しい職場は想像以上に異世界だったといいます。たとえば会議の進め方。重要な戦略会議に、鈴木さんは分厚い資料と詳細なデータを準備して臨みました。しかし、若手社員たちはノートPCを開き、チャットツールでリアルタイムに意見を交わしながら、その場で結論を出していきます。鈴木さんの重厚な資料は「後で読んでおきます」と言われるだけで、議論の中心になることはありませんでした。

 

鈴木さんが良しとしてきた仕事の進め方はまったく通用しません。

 

「それは前職のやり方ですよね。うちはうちのやり方があるので、合わせていただかないと困ります」

 

20歳近く下の同僚に叱られる始末。いつしか社内での鈴木さんの評価は、「すごい経歴の部長」から「何もできないおじさん」へと変わりつつあるのを、肌で感じていました。成果はゼロ。給料日が近づくにつれ、現実的な不安が鈴木さんに襲いかかります。

 

厚生労働省『令和6年上半期雇用動向調査』によると、転職入職者が前職の給与に比べて「増加」した割合は40.0%、「減少」した割合は28.9%、「変わらない」が29.5%。40代後半に限ると「増加」は43.8%、「減少」は27.4%。一方で50代前半では「増加」が34.1%、「減少」は30.7%と、50代を境に給与が増加する転職の割合は減少します。給与が転職理由ではなく、キャリアアップを意図した転職であっても、必ずしも収入増に繋がるとは限らない点に、留意すべきでしょう。

 

そして、転職して2ヵ月後の給料日。鈴木さんは、恐る恐るATMで通帳を記帳しました。そこに印字されていたのは、天引き後の手取り24万円ほどの給与。

 

「何かの間違いでは……」

 

口から思わず漏れた言葉は、2ヵ月前の自信に満ち溢れた自分には想像もできないものでした。自分の実力があれば、給与増だって目指せる――そう思っていましたが、とんだ思い違いでした。手取り24万円。それは今の環境における、自分の「市場価値」そのものを突きつけているように思えたといいます。

 

エリートとしてのプライドは、粉々に打ち砕かれました。これは、決して鈴木さんだけの特別な失敗談ではありません。ミドル転職では、前職の肩書や成功体験は一度リセットされます。新しい環境で求められるスキルセットや文化を正しく理解し、プライドを捨てて学ぼうとする謙虚な姿勢がなければ、どんなに華やかな経歴を持つ人材でも、活躍することは難しいことも多いでしょう。転職活動における「成果次第」という言葉の重みを、本当の意味で理解することが、ミドル転職を成功させる第一歩といえそうです。

 

【参考資料】
厚生労働省『令和6年上半期雇用動向調査』
パーソルキャリア株式会社『仕事と転職に関するアンケート調査』