息子からの仕送りが途絶える日

77歳の岩本勝男さんは、月10万円の年金で細々と暮らしています。持ち家はなく、長年住み慣れた小さなアパートでの賃貸暮らしです。若いころ、妻を病気で亡くし、まだ幼かった一人息子の義彦さんを男手ひとつで育ててきました。

現役時代の仕事は、工場の嘱託社員として地道に働いてきましたが、体力の低下もあり、10年前に退職しました。正社員ではなく収入も決して多くはなかったため、退職するまでに十分な貯蓄を準備することができず、年金額も決して多くはありません。

日々の生活は年金で何とかやりくりしているものの、毎月の家賃を含めると、どうしても月数万円不足してしまいます。そんななかで、家賃の不足分を補う方法として頼りにしてきたのが、義彦さんからの月3万円の仕送りでした。

「助かるよ。ありがとうな」

仕送りのたびに、勝男さんは義彦さんに電話をかけ、そう言うのが口癖でした。義彦さんも長年一人で育ててくれた勝男さんへの感謝の気持ちを思って、仕送りを続けていました。

ところが、先日も、いつものようにお礼の電話をかけた際、義彦さんからこう告げられたのです。

「もう仕送りを続けるのは難しい」と。

義彦さんは今年55歳を迎え、つい先日、役職定年を迎えたばかりだといいます。今後は、これまでの年収から約3割が減り、さらに大学生と高校生の子ども2人の教育費の負担が家計に重くのしかかるとのことでした。

「どうにかお父さんへの仕送りは続けていきたいと思ったのだけれど……。これから先、自分たちの老後のことも考えなければならないんだ。本当に申し訳ないけれど、どうか理解してほしい」

電話の向こうでそう言われ、勝男さんは「それなら仕方ない。今までありがとう」と答え、電話を切りました。

義彦さんからの仕送りが途絶える――。もちろん、これまでも子どもに頼るのは申し訳ないと思い、仕送りを断ろうとしたこともありました。それでも、どうしても生活には必要な金額であったため、結局は義彦さんの支えに頼らざるを得なかったのです。

これからの生活を思うと、勝男さんの胸には大きな不安がよぎります。