定年延長に再雇用、長寿化などを背景に、年金繰下げ受給を検討する人が増えています。しかし、年金繰下げ受給に“深い落とし穴”が潜んでいることはご存じでしょうか? 安易な繰下げ受給は「こんなはずじゃなかった」という後悔を招くこともあるため、決断には注意が必要です。年金受給開始時期を70歳まで繰り下げた元会社員・大森さん(仮名)の事例をもとに、年金繰下げ受給の仕組みと注意点をみていきましょう。
58万円のはずでは…年金支給日の朝9時、銀行ATM前で通帳を手に立ちすくむ70歳男性。5年間の年金繰下げ→念願の初支給日に判明した〈年金ルール〉の落とし穴【CFPが警鐘】
年金繰下げ受給で受給額アップを狙った男性の誤算
大森大紀さん(仮名・70歳)は、元大手上場企業のサラリーマンです。現役時代の年収は1,200万円ほどでした。
大森さんはいわゆる“仕事人間”で、定年後の暇な日々が耐えられず、地元のガソリンスタンドで働くことに。とはいえ、単なる給油作業員ではありません。オーナーから経営の立て直しを頼まれ、現場とコンサルティングの両方を担う形で採用されました。年収は600万円。定年後としては恵まれた収入でした。
「これだけもらえるなら、年金はまだいらないな」
そう考えた大森さんは、老齢厚生年金の受給を70歳まで繰り下げることを決断します。繰下げ受給をすれば、1ヵ月ごとに0.7%ずつ年金額が増えることを知っていたからです。
大森さんの65歳時点での年金見込み額は、老齢基礎年金が6万円、老齢厚生年金が16万円で合計22万円ほどでした。70歳まで繰り下げれば、厚生年金だけで約23万円、老齢基礎年金を含めて29万円近く受け取れるという目論見です。しかし……。
待ちわびた初支給日に知った「想定外の現実」
70歳を迎え、いよいよ年金の初支給日がやってきました。
「今日はお祝いにウナギでも食べるか」
そんな期待を胸に、大森さんは最寄りの銀行に向かいます。
支店に着くと、年金支給日ということもあり、ATMの前にはすでに高齢者の列。ようやく順番が回ってきて通帳を記帳した瞬間、大森さんは思わず通帳を二度見しました。
(ん? 金額が少ないな。支給額は月あたり29万円だから、58万円のはずじゃ……)
記帳されていた金額は、想定よりも6万円近く少なくなっていたのです。
不安を覚えた大森さんは、その足で年金事務所へ向かいます。
「年金の支給額が間違っていたんですよ。別に急いではいませんが、不足分はいつ振り込まれますかね?」
窓口で事情を説明すると、担当職員は丁寧に、衝撃の事実を告げました。
