定年まであと10年…“アラフィフ世代”5人の本音

50歳……。若くはないが年寄りでもない。職場では上と下との間で板挟み。家庭では配偶者、子どもたちとの間に微妙な空気が流れることがあり、何となく居心地が悪いときもある。

定年まで10年あるがそれまでにリストラされない、会社が駄目にならないという保証はない。体力は少しずつ落ちていくし病気のリスクは増していく。若かったときには感じたことがなかった不安や悩みを抱えていても必死に頑張っている。それがアラフィフ世代。

今回は50歳になりたてから54歳までの5人に参加していただき、学齢期から思春期、社会人になっていく過程、社会の中堅から指導的立場になっていく頃の出来事、日々の暮らしぶりや心配事などを本音で語ってもらった。

参加者プロフィール
 

早瀬祐壱(50歳)

74年生まれ/97年大学卒/非鉄金属会社勤務、法人営業を担当する管理職。家族は妻(小売業パート)と一男一女

 

田淵智宏(51歳)

73年生まれ/96年大学卒/リース会社勤務、信用調査、債権管理などの業務に従事。家族は妻(専業主婦)と二女

 

望月稔(52歳)

72年生まれ/95年大学卒/流通業・準大手スーパー勤務、神奈川県内の中型店で副店長を務めている。家族は妻(美容師パート)と一男。

 

菅原雅史(53歳)

71年生まれ/94年大学卒/物流業・営業所長。家族は妻(保育士・非常勤)と一女。

 

安田美奈子(54歳)

70年生まれ/91年短大卒/短大卒業後は生命保険会社に就職、結婚後も勤めていたが出産のため退職。現在は主婦兼たまにパートタイマー。家族は夫(科学薬品メーカー技術職)と二男。

50歳を迎えた感想は「嬉しくなかった」

――皆さんは全員が五十路に入っているわけですが、50歳になったときはどんな気持ちになりましたか?

早瀬:嬉しくはなかった。50歳ってやはり重たい響きがあるでしょ、ガツンと来るし。とうとう50歳か、嫌だなあ、歳を取るのはと思いました。

望月:わたしは2年前に50歳になったのですが、誕生日は大学病院のベッドで点滴を受けていました。新型コロナに感染してしまったもので。入院する前に志村けんとか岡江久美子がコロナで亡くなっていたから「俺は大丈夫か?」と本気で命の心配をしていた。幸いなことに軽症だったけど10日間で体重が5kgも減ってしんどかった。

田淵:わたしは49歳になったときの方が年齢を意識しましたね、あと1年で50歳でしょ。47、48歳ならアラフィフと笑っていられるけど49歳になったらカウントダウンだから。

安田:今はナインボーダーって言うのよね。29歳、39歳、49歳になると途端に色々なことを考えるみたいですよ。ブルーになっちゃう人がいるらしい。

菅原:わたしは若いときから老け顔なんです、おまけに白髪でしょ。40代半ばの頃から50 代に見られていた。だから50歳になってようやく実年齢と同じくらいの見た目になったと思った。