「金融機関との適切な距離感」~老後資金を守るための3つの原則

「横山さん、銀行や証券会社も一企業として利益を求める存在です。彼らの目標は自社の利益確保であり、必ずしもお客様の利益最大化だけを優先できるわけではありません」

永瀬さんは説明しました。

「担当者個人は誠実に対応していても、組織としては高収益商品の販売ノルマがあります。金融庁の報告書でも、ファンドラップについて『顧客ニーズへの対応より収益性重視』『グループ内商品への偏重』『運用成績の開示不足』といった問題点が指摘されています」

永瀬さんの分析を聞いた横山さんは愕然としました。

「年間70万円以上も手数料を取られていたなんて……でも、まだ340万円増えているから、損はしていないですよね?」

永瀬さんは首を横に振りました。

「確かに元本より増えてはいますが、同じ期間でもっと低コストの商品で自分で運用していたなら、現在のリターン340万円に支払った手数料の差額360万円(=374万円ー14万円)を足し戻した700万円以上増えていた可能性があります。この差額は実質的な機会損失といえます。ポートフォリオについてはいろいろな考え方があるので一概にはいえませんが、低金利環境にもかかわらず、このように高コストのファンドラップの中で過剰な債券ファンドの比率となっていたことは、銀行側の収益重視の姿勢が表れているとも考えられます。適切なポートフォリオを組めば、同程度のリスク負担でもっと大きなリターンを得られた可能性があります」

この説明を聞いた横山さんの胸には、怒りと後悔がこみ上げてきました。

「信頼していた銀行に、こんなにも高い手数料を取られていただけでなく、私の資産状況に最適ではないポートフォリオを勧められていたなんて……」

翌日、横山さんは銀行を訪れ、ファンドラップ契約の解約を申し出ました。山田課長は引き止めようとしましたが、横山さんの決意は固かったのです。

 「これからは自分で勉強して、低コストのインデックス投資信託を中心に資産運用することにしました。自分の資産は自分で守り、育てていきます」

ファンドラップの解約を終えた横山さんに永瀬さんは、「私のお客様の中には、ファンドラップで元本割れしたという方も複数おられます。お任せだから大丈夫では決してないのです」

永瀬さんは「老後資金を守るための3つの原則」を諭すように説明しました。

「第一の原則は、『理解できないものには投資しない』ということです。どんな金融商品も、その仕組みやリスク、コストを自分で理解できないものには手を出さないことです。投資しないというのも立派な選択です」

「第二の原則は、『手数料に敏感になる』ことです。長期投資において、わずか1%の手数料の違いでも、10年、20年後の投資成果には大きな影響を与えます。パーセンテージだけではなく、いくら支払うのかの実額でも把握する必要があります」

「第三の原則は、『資産を適切に分散する』ことです。生活防衛資金は預貯金や国債など安全性の高い商品で、10年程度以内に必要なお金は低リスクの商品で、10年以上先の長期資金のみ適切なリスク管理のもとで運用するという考え方です」

「自立した投資家になるために」~ファンドラップと金融商品選びの注意点

最後に、ファンドラップを含む金融商品を選ぶ際の重要ポイントをまとめておきましょう。

1.手数料の透明性を確認する:ファンドラップの複層的な手数料構造(ラップ手数料、信託報酬)や為替ヘッジコストなどをすべて理解し、総コストを把握しましょう。

2.利益相反に注意する:金融機関が自社グループの商品ばかりを組み込んでいないか確認し、真に顧客の利益を考えたポートフォリオ構築か検討しましょう。

3.運用実績の透明性を求める:ファンドラップの実績は個別に開示されないことが多いですが、運用方針や過去の実績について具体的な説明を求めましょう。

4.金融機関との適切な関係を築く:金融機関を信頼しきるのではなく、疑問点は率直に質問する姿勢が重要です。

5.自己学習を怠らない:投資の基本知識を身につけ、複数の金融機関やアドバイザーから情報を得ることで、より公平な判断ができます。セミナーや書籍などで知識を深めましょう。

横山さんの事例は、金融知識の重要性を教えてくれます。金融機関はサービス提供者であり、すべてを委ねるのではなく、自分自身が主体的に学び、判断する姿勢が、老後の資産を守り育てる鍵となるのです。

ファイナンシャルプランナー
青山創星