「家も親も長男が継ぐ」という昭和のスタイルは、現代ではほとんど見られなくなりました。55歳の健太さんも、都心にある実家を相続する気はなく、“ある思惑”から姉に譲り渡すことに。しかし、その思惑は裏目に出ることとなったのです……。事例をもとに、山﨑裕佳子FPが相続でありがちなトラブルと注意点について解説します。
目黒の実家は姉さんにあげるよ…年収700万円の55歳サラリーマン、83歳父の「遺産」を実姉に譲った“ほんとうの狙い”【CFPが解説】
推定資産価値「1億円」以上…東京・目黒に建つ健太さんの実家
林健太さん(仮名・55歳)は、都内に勤めるサラリーマンです。神奈川県川崎市の分譲マンションに妻と2人の子(大学2年、高校3年)と暮らしています。
年収は約700万円で妻もパートで働いているものの、上の子の学費と下の子の塾代捻出に追われており、生活に余裕はありません。
そんな健太さんが生まれ育った実家は、東京都目黒区の閑静な住宅街にあります。70坪ほどの土地に建つ、築45年の戸建てです。数十年のあいだにこのあたりは土地が高騰し、近隣で売り出されている新築物件の価格から推測すると、実家の土地は1億円以上の価値があるとされています。
林家は2人兄弟で、健太さんのほかに姉の美奈子さん(仮名・58歳)がいます。健太さんと美奈子さんはそれぞれ結婚を機に実家を出ており、長年父と母は広い実家で2人暮らしを続けてきました。
そんな両親も80代に突入し、判断能力の衰えと事故への不安から3年前に運転免許証を返納。以来、買い物は実家近くに住む美奈子さんが代行しています。
そんななか、父・茂さんが享年83歳で逝去しました。
遺産分割協議で健太さんが動く
葬儀が終わった数日後のこと。健太さんのもとに、姉・美奈子さんから連絡がありました。
美奈子「今週末、実家に来てもらえる? 相続の相談をしたくって」
健太「ああ、いいよ。日曜の昼頃そっちに行くわ」
そっけなく返事をしましたが、内心健太さんは「待ってました!」という気持ちでした。
なぜなら、健太さんの家計は“火の車”状態。来年大学受験をする下の子には奨学金を借りてもらうしかないと、妻と話し合ったばかりでした。父にどれくらいの遺産があるのか見当はつきませんでしたが、遺産分割で少しでも現金が手に入れば家計の助けになると思ったのです。
そして週末になり、母・洋子さん(仮名)と美奈子さん、そして健太さんの3人が実家に集合しました。
美奈子「お母さんと一緒に、お父さんの遺産を整理してみたのよ。そしたらね、お父さん名義の財産は、この家と土地、そして定期預金の2,000万円だってことがわかったの。お母さんはこの家に住めればじゅうぶんだから遺産は2人で分けなさいって言うんだけど……」
洋子「ええ。私は自分の年金と預金で暮らしていけるから、あんたたちで分けなさい」
健太「そうか、母さんがそう言うなら俺に異論はないよ」
笑顔でうなずきながら、「いまがチャンスだ」と思った健太さんは、思い切って切り出しました。