日本のバブル期に多感な学生時代を過ごした1971年~1974年生まれの“団塊ジュニア世代”。親や世間の大人たちを見ながら漠然と「自分にも楽しい未来が待っている」と考えた人も多かったはず。しかし、現実はそう上手くいきません。実家暮らしで派遣会社を転々とする50歳の富永嘉代子さん(仮名)もその1人です。ルポライター増田明利氏の著書『今日、50歳になった 悩み多き13人の中年たち、人生について本音を語る』(彩図社)より、50代の“生の声”を紹介します。

どこで道を間違えた…28歳で“三高男”と結婚→6年後に離婚。実家住まいで派遣を転々とする年収330万円・50歳女性の悲鳴「何が悪かったのか」【ルポ】
30代に戻りたい…15年派遣を続ける50歳女性の本音
氏名/富永嘉代子(50歳)
出身地/東京都武蔵野市
現住所/東京都練馬区
最終学歴/97年大学卒
職業/事務系派遣社員
年収/アルバイト込みで約330万円
家族構成/母79歳(年金生活)
50歳になって思ったこと/他の人とは違い過ぎる。35歳頃に戻りたいと思った
帰宅して郵便受けを開けたら派遣会社からの封筒が入っていた。中に入っていたのは今年最後の給与明細書と源泉徴収票。
「今年は同じ派遣会社経由で2つの職場で働きました。コロナも落ち着いてきたので空白期間がなかったのは助かったわ」
今年1年間の給与収入は約310万円。他にも1日単位のアルバイトを20日やったので総収入は330万円ぐらいにはなりそうだ。
「派遣労働は15年近くになりますが、年収はどの年もこんなものです。突発的に10~20万円高くなる年もあるけど350万円を超えることは稀なことです」
28歳で“三高男”と結婚…まさにDINKSの暮らしだった
富永さんが大学を卒業して就職したのは大手鉄鋼会社直系の販売会社。簿記会計2級の資格を持っていたのでずっと経理部門で働いていた。
結婚したのは02年。28歳のときだった。運輸業界で働いている人で富永さんより2歳上の30歳。有名私大卒で身長は180cm以上、収入も高く、いわゆる三高男。
「両方ともそれなりの収入があるので目黒のマンションで暮らし、職住接近の生活ができていました。その頃に言われていたDINKSを地で行く暮らしぶりでした。家事はきっちり分担、給料日直後の週末は少し贅沢なディナーを。年末年始とかゴールデンウイークには旅行を楽しむ。こんな感じだったわ」
結婚して1年ほど経った頃に夫が福岡に転勤になる。これで仕事を辞めざるを得なかった。
「夫が勤めていた会社は、単身赴任は学齢期の子どもがいる場合という決まりがあり、わたしが仕事を辞めなくてはならなかったんです」
不承不承で福岡に転居。主婦業の傍ら図書館の特別整理、確定申告会場での書類作成アシスト、お中元・お歳暮シーズンだけ地元デパートの事務処理といった短期の非正規仕事をいくつかやっていた。