できないことには「鈍感力」を発揮

こういう老いに対する無意識の差別が積み重なって、自らをスポイルしていることに気づいていただき、前向きなリフォーム感覚で、老いを特別視する気持ちを自分の中から排除しましょう。

もちろん、歳をとればできないことは年々増えていきます。作家の渡辺淳一は、2007年に『鈍感力』という本を出し、ベストセラーになりました。複雑な現代社会を生きていくにはある種の鈍さが必要だと、逆転の発想で言っています。

敏感すぎると、人はたいてい怒りっぽくなります。シェイクスピアの『リア王』は典型的な「怒れる老人」を描いています。老いて財産を3人の娘に分け与えようとしたリア王は、彼女たちに自分への愛を語らせます。上の2人は甘言を弄しますが、末娘のコーディリアは美辞麗句を言わなかったために、父の怒りを買って勘当されてしまいます。ところが、財産を手に入れた2人の姉は、リア王を追い出してしまうのです。

私はリア王を、「初老性キレキレ症」と呼んでいます。「鈍感力」は、無神経な鈍感とは違います。渡辺は『鈍感力』(集英社文庫)の文庫版前書きにこう書きます。

「長い人生の途中、苦しいことや辛いこと、さらには失敗することなどいろいろある。そういう気が落ち込むときにもそのまま崩れず、また立ち上がって前へ向かって明るくすすんでいく。/そういうしたたかな力を鈍感力といっているのである」

それ以上考えても仕方ないことは、考えなくても済むような心の習慣を身につけましょう。理性の力でコントロールできれば、頭も心も整理されます。理性とは、物事の正しい道筋にのっとって判断する能力です。判断力は知力に裏打ちされるものです。よりよく頭と心の整理をするために、知力を磨いていきたいものです。

齋藤 孝
明治大学文学部教授