税務調査で発覚した「名義預金」の実態

「これらの預金については、相続財産としての申告漏れとなります。当然、修正申告が必要になりますし、加算税と延滞税も発生いたしますので……」

税務調査官の言葉に、俊彦さんの頭は真っ白になりました。父の相続税は、父名義の預金・不動産をもとにきちんと申告したはずでしたが、新たに1,650万円もの預金が相続財産として加算されると分かり、父の思いやりの形が法的に否定されることに大きな衝撃を受けたのです。

「実は……父の遺品整理の時に、父の手帳を見つけました」

俊彦さんは、本棚から一冊の手帳を取り出しました。

「『俊彦の老後資金』というメモと共に、毎年の預け入れ記録が細かく書かれていて……父なりに私のことを考えてくれていたんです」

税務調査官は手帳に目を通しながら、静かに頷きました。「お父様の息子を思う気持ちは、この手帳からよく伝わってきます。しかし、残念ながら実質的な管理支配が移転していない以上、贈与とは認められないのです」

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この出来事から1週間後、俊彦さんは税理士の山田事務所(仮称)を訪れていました。相続税の修正申告について相談するためです。

「浅田さんのケースは、実は珍しくないんですよ」

ベテラン税理士の山田先生は、穏やかな表情で話し始めました。

「特に年配の方は、『毎年110万円なら贈与税はかからない』という表面的な知識だけが独り歩きし、実際の贈与の要件を満たしていないケースが多いんです。銀行員から聞いたということですが、細かい説明まではしていなかったのではないでしょうか」

山田先生は、正しい生前贈与の方法について説明してくれました。

「民法上、贈与が成立するためには、贈与者と受贈者、双方の意思が求められます。また、税務署に正しく認めてもらうには、贈与契約をはじめとする客観的証拠の準備が重要なんです」

続けて、税務のルール変更にも触れます。

「『暦年課税』では、令和5年までは相続開始前3年以内の贈与が相続財産に加算されていましたが、令和6年以降は加算対象期間が延長され、最終的には7年以内に行われた贈与が相続財産に加算されることになりました」

「浅田さんの場合は、そもそも名義預金と認定されてしまったわけですから、毎年の110万円は贈与として認められず最初からお父様の遺産とみなされます。そのため1,650万円全額が相続財産になり、申告期限から1年以上経過しているので加算税や延滞税もかかります」

山田先生はさらに続けます。

「実は、贈与税の課税方法には、お父様がされようとしていた『暦年課税』の他に『相続時精算課税』があります。両者にはそれぞれメリット・デメリットがあります。また、これら以外にも一定の条件を満たしたときに贈与税が非課税になったりする制度もあります」

俊彦さんは、知らないことがたくさんあると感じました。

「私の財産の承継についても、いずれ相談させてください」

俊彦さんは思わず口にしました。