繰下げ受給しても「在職老齢年金」の支給停止分は増額の対象外

「在職老齢年金」とは、公的年金を受給しながら給与や役員報酬を得ている場合に適用される制度です。この制度では、受給資格者の総報酬月額と基本月額の合計が50万円を超えると、その超過分の2分の1が支給停止となる仕組みとなっています。この支給停止額の計算式は次のとおりです。

(基本月額+総報酬月額相当額-50万円)÷2

ここで注意すべきは、老齢厚生年金を繰り下げると「在職老齢年金」の支給停止分が増額の対象とならないということです。 

今回の水島さんのケースで考えてみましょう。従来は65歳から受給できる老齢厚生年金が13万円で、繰下げ受給を利用して70歳まで繰り下げると42%増額する予定です。しかし、65歳以降の水島さんの総報酬月額は53万円ですから、「在職老齢年金」が適用されます。

よって、支給停止額は以下のとおりです。

支給停止額=53万円(総報酬月額)+13万円(年金月額)-50万円(支給停止調整額)÷2=8万円

つまり、年金額のうち8万円が支給停止となります。そのため、水島さんは13万円から8万円を差し引いた5万円の部分のみ増額が適用されます。

なお、年金増額分の計算は以下のとおりです。

■増額適用後の金額

5万円×1.42=7万1,000円

■実際の増額分

7万1,000円-5万円=2万1,000円

この結果、水島さんの年金増額分は月額わずか2万1,000円にとどまることがわかります。

通知書にも書かれていない、年金繰下げ受給の“盲点”

今回のケースは、繰下げ受給の意外な盲点を浮き彫りにしています。特に、在職老齢年金が適用される場合、繰下げ受給で大幅な増額を期待していても、支給停止分が増額対象外となるため、思ったように年金が増えない可能性があります。

また、繰下げ受給中に送られてくる通知書には、年金支給停止に関する具体的な記載がされておらず、受給開始時に初めて気づくというケースも少なくありません。

公的年金を受給できる年齢に達しても、現役時代と同様の収入がある場合、水島さんのように厚生年金の一部が増額されなかったという事例もあります。

加えて、年金には税金や社会保険料が差し引かれるため、増額した年金の全額を手取りで受け取れるわけではありません。年金が増えることで、その分、所得税や住民税、さらには健康保険料や介護保険料が増加する可能性があります。

そのため、在職老齢年金に該当するほどの収入がある場合、事前に年金事務所などに相談し、繰下げ受給が年金受給額に与える影響を正確に把握することが大切です。制度の仕組みやリスクを理解したうえで計画を立てることで、老後の生活設計をより安心なものにできるでしょう。
 


辻本 剛士
ファイナンシャルプランナー