大手企業などで働いている場合、比較的まとまった退職金を受け取れるケースがあります。退職金の使い道については、銀行などから「助言」に見せかけた勧誘を受けることも多いですが、こういった誘いを鵜呑みにすると取り返しのつかない事態に陥る可能性があると、ファイナンシャルプランナーである辻本剛士氏はいいます。今回は、定年を迎えたばかりの60歳男性の事例をもとに、退職金にまつわる「悲劇」と回避策についてみていきましょう。
「月収64万円」「退職金2,300万円」で人生最高潮の60歳・元会社員、退職祝いの温泉旅行で愛する妻が豹変…暗雲漂うリタイヤ生活にトドメを刺す、銀行からの「一通の封書」【FPの助言】
半年前、セミナー講師に勧められた「退職金運用プラン」
遡ること半年前、伸樹さんは、いつものように仕事から帰る途中、銀行の前に貼り出されていたある広告に目が留まりました。「退職金運用セミナー」「退職金を活用して安心の老後を!」「参加費無料!」退職金の使い道に悩んでいた伸樹さんは、興味本位で参加してみることにしました。
そして、セミナー当日。講師として登壇したのは、FP資格を持つ感じのいい男性でした。落ち着いた語り口調と親しみやすい雰囲気に、伸樹さんは惹き込まれていきます。
セミナーが終わる頃、すっかり講師に信頼感を抱いた伸樹さんは、その場で個別相談を申し込みました。
「先生、うちでは、退職金として大体2,000万円ほど支給される予定です。ただ、その後、60歳から65歳までは嘱託社員として働くもんですから、収入は月15万円程度になります。いまの支出を考えると、毎月15万円の赤字が出る見込みです。資産の目減りが心配で……」。
すると、講師はにこやかに頷き、次のように説明しました。
「なるほど。それはさぞかし不安でしょう。毎月の赤字を補うためには、今日説明したように、退職金を活用して運用するのがいい選択です。15万円を補填するとなると年利8%程度の運用が必要ですが、高橋さんには高金利通貨を使った外貨預金が適しているかもしれませんね。
たとえばメキシコペソであれば、年間8%程度の利息が期待できますし、米ドルも現在高金利です。これらを組み合わせれば、毎月の不足分はじゅうぶん補える可能性がありますよ」。
「外貨預金で、そんなに高い利息が得られるんですか?」思わず聞き返した伸樹さんに、
「はい。もちろんリスクはありますが、通貨を分散すれば安定的な運用も可能です」。講師は強く頷きました。
「これなら赤字分を補いながら、退職金をさらに増やせるぞ」。講師の言葉に希望を抱いた伸樹さんは、講師の助言どおり、退職金を米ドル、南アフリカランド、トルコリラ、メキシコペソに分散して運用することを決めました。
旅先でその話を聞いた貴子さんは、顔を曇らせながら問い詰めます。「どうしてそんな大事なことを勝手に決めるのよ……。投資って、損をすることもあるのよ。せっかく大きなお金をもらったのに、もし減ってしまったらどうするの?」
「大丈夫だよ」。伸樹さんは自信満々です。
「すごく感じのいい人でね、たくさん勉強しているようだし、お金のプロが勧めてくれた商品なんだぞ。それにこれがうまくいけば、生活費を補うどころか、より贅沢な暮らしができるかもしれんぞ」。
貴子さんは、深いため息をついて言いました。「もういいわ……。好きにすれば」。
その後、会話らしい会話もなく、念願の温泉旅行は重たい空気のまま幕を閉じました。