継承開業が増加する背景
継承開業が増加傾向である昨今ですが、その背景にあるのは開業医の高齢化です。厚生労働省のデータによると、1975年のクリニックの開設者・勤務者の平均年齢は54歳でしたが、2014年には59歳、2022年には62.5歳と、高齢化が進行しています。勤務医と異なり「定年」という概念がないため、体力・気力が続く限りは現役医師として診療を継続したいという方が多いのです。
その一方で、体力や技量の低下を日々実感し、健康上や家庭環境の事情からはクリニック経営継続が困難となる場合もあります。子どもなどに継承できればいいのですが、引退というゴールを考えながらも「自分が引退することで、患者様・スタッフの行き場がなくなってしまうのでは?」と不安を感じているケースも多くあります。
継承開業の内容と注意点
継承開業には、建物・土地・医療機器はもちろん、営業権や地域の嘱託医の権利、既存のスタッフや患者様を新規開業と比べて低コストで引き継ぐことが可能でありますが、経営状況や法律上のリスクも継承します。
そのため、言った・言わないなどのトラブルが二者間で生じるため、第三者である承継開業に長けているコンサルタント・会社を仲介とすることを推奨します。
新規開業と比べて、立地・建物・医療機器・診療方針・労務関連などに関しては、多少の制約が生じます。一方で、承継開業も新規開業と同じであり、開業を決意した場合には前任者と類似した経営方針・理念・診療方針を明確にする必要があります。
そのため、継承元の施設の見学、前院長や事務長など当事者との話し合いを、新規開業と同じレベルで幾度も行い、譲る側・引き継ぐ側の医師の双方が合意できる承継条件について折り合い、第三者機関であるコンサルタントのもとで締結する流れになります。
そのため、継承開業は新規開業と異なり、個人の意思や決定ではスムーズな進行ができません。継承開業の案件や経験が豊富なコンサルタント・企業、あるいは、医師会の診療所継承事業のサービスが設置されている場合は、それらを受けることを推奨します。
継承開業のメリット
継承開業のメリットは以下の通りです。
①低コストでの開業が可能でリスクが低い
②スタッフを引き継ぐことができる
③開業までの準備期間が短い
④融資が受けやすい
⑤医師会の入会がスムーズである
継承開業の場合は既存患者がいることから、よほどの診療内容の変化・医師の技量・知識・接遇の差がなければ、離反リスクは低く、医業収入が安定することがメリットであり、経営不振のリスクはさほどありません。
また、内装工事なども部分的に実施するのみで新規の医療機器の入れ替えも少ないために、必要なコストも低く、譲渡先への営業権(のれん代)を含めても、新規開業のコストの3割程度と低コストです。同時に、多数の来院患者があるクリニックなら、院長交代が強いアドバンテージ・メッセージとなり、内容によってはさらなる収入となり得ます。
新規開業の最大の心配の種は「ゼロから始める集患」であり、開業を告知する広告も必要で、それらの出費は軽視できません。
その点、地域の住民になじみのあるクリニックを引き継ぐ継承開業は、認知度の高さが有利に働き、一定数の患者様をあらかじめ見込んだスタートを切ることができるという安心があります。
患者様の背景・家族構成・考えなどを熟知している熟練スタッフを引き継げば、これもクリニック運営の大きなメリットとなります。
このほか、診療実績による銀行融資の受けやすさ、医師会への入会や他の地域の嘱託事業の引き継ぎなどの容易さなど、地域に根ざした医療を展開したい医師にとって、魅力は大きいでしょう。
スタッフの引き継ぎ雇用、医師会とのつながり…注意を払うべき重要ポイント
前院長の元で長年勤務してきたスタッフは、患者様やエリアの特性などについて熟知した、頼りになる存在ですが、半面、交代した上司・管理者との相性が悪く、人間関係が悪化するケースもあります。また、勤務時間・賞与や給与・有給休暇・退職金などの規定をそのまま引き継がない場合は、とくに注意を要します。
クリニックを承継する場合、人間関係を形成するためにも、3ヵ月以上は非常勤勤務を行ったうえで相性を確認し、それぞれのスタッフを面接し、新たなクリニックの経営方針・理念・診療内容や方針を説明して、雇用をしたほうが安全です。
人間関係の構築、スタッフとの人間関係は運営上重要です。お互い合意が得られない場合は、既存のスタッフを雇用せず、新たなスタッフを募集・雇用をしたほうが、運用が円滑になることもあります。
また、自分の軸を中心とした治療方針や経営方針の変更は、最低でも3ヵ月は控えたほうが無難です。院長交代による「患者離反」はある程度も見込まれますが、それを最小限にするためにも、患者様・ご家族の声を聴きながら、前院長の診療内容・方針を尊重しつつ、医療機器・建物を引き継ぐほうが、長期的な視点ではメリットとなります。
患者・スタッフの離反がなくなった6ヵ月後あたりから、少しずつ自分の診療の特色を出していくのもテクニックのひとつです。
医療はクリニックのみでは完結せず、入院施設がある病院との連携(患者の紹介)が不可欠です。そのため、医師会活動を通じた関係維持は避けられません。対外的に良好な人間関係を良好にするスキルも、新規開業には重要なのです。
このほか、前院長の法人名義の会員権(会員制ホテル、ゴルフ、クルーザーなど)、施設(グループホームなど)、債務を含めて引き継ぐ可能性があるため、承継コンサルタントとの連携による調査もカギとなります。
武井 智昭
株式会社TTコンサルティング 医師