(※写真はイメージです/PIXTA)

クリニックにとって非常に頭が痛い「未払い医療費」の問題。未払いはほかの業界でも頻発する問題ではありますが、クリニックの場合、債権の回収先が一般の患者であることから、事情は複雑になってきます。そこで今回は、未払い医療費の回収方法と、それぞれの特徴について解説していきます。本連載は、コスモス薬品Webサイトからの転載記事です。

最も手軽なのは「督促状」を送る方法

まず、クリニックが取りうる手段で最も簡易かつ手軽な方法として挙げられるのは、クリニックから「督促状」を送る方法です。こちらは本人に対し、単に「医療費が未払になっていることを通知し、支払いを督促する」以上の意味はなく、普通郵便・内容証明等いずれの方法によることも考えられます。

 

未払い医療費については、悪意を持って支払う意思がない人ばかりではなく、単に支払について忘れていた・手持ちのお金が足りずに猶予をもらっていたというケースも少なくありません。そのような場合には、少ないコスト(郵送実費数十円~数千円程度)で支払いを受けることができるという意味で、効果的といえるでしょう。また、このような人の場合、時間が経てば経つほど、支払を受けることが難しくなるため、早急な対応が必要であることは、留意すべきポイントです。

 

もっとも、最初から支払う意思のない人に対して、強い効果を発揮するという点では不足がある手続きであるため、そのような場合には、別の手段を検討する必要があります。

裁判所を使った2つの方法

督促状を送付しても任意に未払い医療費の支払を行わなかった場合には、裁判所を使った手続きを検討する必要があります。

 

裁判所を使った手続きは、主に(1)支払督促制度と(2)訴訟提起の2つの方法が考えられますので、未払額や本人の態度等に合わせて、適切な方法を検討するべきです。

 

(1)支払督促制度

支払督促制度とは、未払い医療費等債権回収の必要性があるときに、簡易裁判所に申立てをすることができる簡便な債権回収手続きのひとつです。後述の訴訟提起と比べると、より簡易な裁判所の使い方と表現することができる制度であり、以下のようなメリットがあります。

 

メリット1:裁判所に出向く必要がない
通常の訴訟とは異なり、支払督促は書面による審査のみで進行します。そのため、実際に裁判所に出向く必要がなく、クリニックのオーナーとしては、裁判所手続に多くの時間を取られ、本業への影響が少ないという点で大きなメリットがあるといえるでしょう。

 

メリット2:異議が出ない場合には、強制執行をすることができる
申立の対象となった該当者から異議が出ない、または反応がない場合には、支払督促が通常の訴訟における判決と同じ効力を持つこととなり、強制執行をすることができるようになります。強制執行をすることにより、本人の意思に関わらず未払い医療費の回収が可能になるという点で、大きな効果がある手続きです。

 

メリット3:必要経費が少ない
通常の訴訟と比べると簡易な手続きであることから、必要となる弁護士費用や裁判所実費も一般的に低額に抑えられる傾向があります。

 

もっとも、支払督促制度も万能な制度ではなく、以下のようなデメリットもある点に注意が必要です。

 

デメリット1:異議が出ると、通常の訴訟に移行する
異議が出ない場合には、早急に強制執行が可能な一方で、本人から異議が出た場合には通常の訴訟に移行することとなります。双方に見解の相違やトラブルの種があった場合には異議が出されてしまうことも多く、いったん訴訟に発展すると、多くの費用と時間がかかってしまうケースも想定する必要があります。

 

デメリット2:財産の特定が必要であること
異議が出ずに強制執行手続まで進んだとしても、クリニックは、相手の財産を特定しなければ強制執行をすることができません。そのため、本人が持っている銀行口座や自動車、不動産等の財産を見つける必要がある点には注意が必要です。

 

(2)訴訟提起

訴訟提起を検討する場合は、①少額訴訟による場合と、②通常訴訟による場合の2パターンが考えられるところです。

 

①少額訴訟
未払い医療費の額が60万円以下の場合は、少額訴訟という手続きを取ることも可能です。少額訴訟の特徴としては、下記の3点があります。

 

●60万円以下の請求金額について利用可能

●1回の期日で判決が下されるため、通常訴訟よりは簡易かつ短期に解決

●訴訟の効力は通常訴訟と変わらず、強制執行も可能

 

未払い医療費の場合は、1人あたりが60万円を下回るケースも多く想定されることから、積極的に検討することもできるでしょう。

 

②通常訴訟
通常訴訟は、多くの方がイメージしやすい、いわゆる「裁判」にあたるものです。これは、支払督促制度や少額訴訟と比較すると、かかる費用が高額になりがちなうえ、解決までの時間も長く、裁判所への出頭の手間もかかるなど、煩雑な手続きになりがちです。もっとも、通常の裁判手続きは、

 

●双方当事者が反論、再反論をすることで議論を尽くした紛争解決であること

●高額の未払い医療費であっても判決を得ることができること

●和解によって強制執行のよらない解決可能性が他の手段より高い可能性があること

 

といった特徴があり、使い方によっては効果を発揮することも多いといえます。

 

近年とくに増えている、美容医療等、自由診療によって医療費総額が非常に高額になるケースは、1件の未払いがクリニックに与える営業上のダメージも大きいため、通常訴訟による手続を経たとしても、回収する必要性が高いといえます。また、双方の言い分に相違がある、トラブル性の高いケースも、ほかの手続では解決がむずかしく、通常訴訟による方法を検討すべきといえるでしょう。

状況に合わせて適切な方法を選択する必要あり

未払い債権の回収は、クリニック・医療機関以外の業界においても頻発する問題であり、経営者であれば一度は遭遇したことのある問題だといえるでしょう。当然、クリニックを経営している方でも、未払いに頭を悩ませた経験をお持ちの方も多いはずです。

 

とくにクリニックの場合には、一般の「患者」という立場の相手からの回収が必要であることや、未払額が数百円から数百万円まで想定される可能性があり、ほかの業界の債権回収とは異なる事情があり、手続きの選択がよりむずかしくなっているということもできます。クリニックの特徴、未払い医療費の額、本人の特性等、時々に合わせて、適切な方法を選択する必要があることを把握しておきましょう。

 

 

寺田 健郎
弁護士 弁護士法人山村法律事務所