職場いじめにおいて、もっとも相談件数が多いのは「医療・福祉」業界です。激務・薄給の職場ではハラスメント対策が十分に行き届いておらず、その数は年々増加傾向にあります。ハラスメント対策専門家である坂倉昇平氏の著書『大人のいじめ』(講談社)より、とあるサービス付き高齢者住宅で働く嘱託介護士Hさん(60代)の実例を紹介します。
不正会計による「節約」が横行した結果
職員の残業代も削られた。「今月は給与の支払いが多かったから、20万円の赤字が出た」「残業は控えるように」と支配人から通知があり、遠回しに「残業代はつけるな」との圧力がかけられた。しかし、業務量が減るわけではない。非正規雇用のHさんも、1日30分程度の未払い残業をしていた。正社員の中には、朝の9時から夜23〜24時まで働きながら、残業代をもらえていない人や、夜勤の後さらに24時間続けて「未払い」で働く人まで現れた。
残業代以外の賃金も誤魔化された。低賃金に苦しむ介護職員のため、国が補助している給付金も、支払われる額が月によって異なり、そのまま給付されていないことは明らかだった。固定で支給されていた交通費すら払われない月もあった。
支配人が経理も兼ねていたため、このような不正会計による「節約」が自由にできたようだ。ある日、経理担当の事務職員が雇われたが、わずか1日で退職してしまった。次に雇われた経理担当も2ヵ月で辞めた。支配人の圧力と不正会計が背景にあるのは間違いない。
他の職員も続々と退職し、支配人就任後のたった1年で、職員のおよそ半数に及ぶ約30名が職場を去った。支配人は大量離職による人手不足を受け、「これまでの2〜3倍の仕事をしなさい」と残った職員たちに要求した。掃除の手が回らなくなり、施設は汚れが目立つようになっていった。しかし、人件費を大幅に削減しながらも、辛うじて施設の運営はできていたため、これも「効率化」の「成功」として支配人の「功績」となった。
さらに、この年は新型コロナウイルスの感染拡大があり、支配人は職員に、「コロナに感染したら、会社が訴訟する」と脅した。感染対策のため、朝・昼・夜の3回、入居者全員に対する安否確認の業務が増えた。入居者の部屋を一つずつ訪ねて、夜の就寝の挨拶と朝の挨拶、体温測定を行うのだ。もし部屋にいなかったら何度も訪ねて確認する。夜と朝は、夜勤の職員しかおらず、たった2人で約100人の入居者を見回ることになった。
アルコールで手すりなどを拭く作業も必要になり、身体的な負担は増した。業務がますます過酷になるなか、それでもHさんは入居者に迷惑はかけられないと、サービスの質が劣化しないよう努めていた。