年金受給の際、65歳で受け取るか、あるいは「繰下げ受給」をするか「繰上げ受給」をするかの選択で迷う人も多いのではないでしょうか? 老後資金を増やすべく、70歳まで年金を受け取らずに「繰下げ受給」を計画していた鈴木さん(仮名)もその一人。鈴木さんは「あること」をきっかけに、年金の繰下げ受給という選択を迷い始めることに……。今回、ファイナンシャルプランナーである辻本剛士氏が、年金制度に潜む「落とし穴」について詳しく解説します。
年金の繰下げ受給、やっぱりやめます!…年金月20万円、定年後も働く64歳・サラリーマンが驚愕した年金制度の思わぬ「落とし穴」【CFPの助言】
在職老齢年金による年金の支給停止
在職老齢年金による年金の支給停止額は、増額の対象にならない点も見落としがちなデメリットです。
まず「在職老齢年金」とは、年金を受給しながら給与や役員報酬を受け取っている場合に適用される制度です。受給資格者の総報酬月額と基本月額(老齢厚生年金)の合計が50万円を超えると、超えた部分の2分の1が支給停止となります。
支給停止額の計算式は以下のとおりです。
(基本月額+総報酬月額相当額-50万円)÷2
ここで注意すべき点は、老齢厚生年金を繰り下げると、「在職老齢年金」の支給停止額が増額の対象にならないことです。
以下の条件で支給停止額がいくらになるか試算してみましょう。
・年金月額:15万円
・繰り下げ期間:5年
支給停止額は
(55万円+15万円-50万円)÷2=10万円
このケースなら10万円が支給停止となり、本来受け取れる年金月額15万円のうち、5万円しか繰下げ受給による増額が適用されないのです。
年金の繰下げ受給には、そのほかにも加給年金を受け取れなくなることや、増額分が遺族年金に反映されないなどのデメリットがあります。年金の繰下げ受給を検討する場合はこれらのデメリットを十分考慮したうえで選択する必要があるでしょう。
安易に「年金の繰下げ受給」を選択するのは危険
「先生、私の65歳からの総報酬月額が50万円、基本月額が14万円なので、まさに在職老齢年金に該当しています……」と動揺する鈴木さん。
続けて、「自分が何歳まで生きるかはわからないものですが、繰下げ受給を選択すると税金や社会保険料の負担は増えますし、せっかく繰り下げたとしても全額が増額とならないのは、なんだかばかばかしく感じますね……」と肩を落としました。
「デメリットは確かにありますが、それでも繰下げ受給したほうが毎月のキャッシュが増えるのは事実です。繰下げ受給をしたほうがお得かどうかは、何年生きられるかで大きく変わるため、ある意味ギャンブルに近い部分があるかもしれませんね」とFPは話します。
「そのため、安易に繰下げ受給を選択するのではなく、繰り下げたことで具体的にいくら年金が増額するのか、繰り下げ期間中の生活費をどう賄うのか、在職老齢年金との兼ね合いなどをきちんと考慮したうえで判断する必要があります」とアドバイスします。
「もし鈴木さんが現在の年金見込み額と奥様の年金額とで老後生活を送れそうであれば、無理に繰下げ受給を選択する必要はないのかもしれません。家計の見直しが必要であれば、いつでも協力しますよ」と言葉を添えました。
それを聞いた鈴木さんは肩の荷が下り、年金の繰下げ受給をおこなわないことに決めました。
「先生のおかげで、迷いが晴れました。これからは妻と一緒に、年金を大事に使いながら、老後生活を送っていきたいと思います。また、しばらくは現在の職場で勤務できるので、その間にきちんと老後資金を貯めておこうと思います」と、鈴木さんは笑顔で感謝を伝えました。
その後、鈴木さんはFPのアドバイスを受けて家計の見直しを行い、無理のない範囲で貯蓄をしながら計画的な生活設計を整えています。
辻本 剛士
ファイナンシャルプランナー