若い頃は喧嘩をしてもパッと仲直りできたかもしれません。しかし中高年になるとそうもいかず、不愉快な思いを引きずってしまうこともあると話すのは、精神科医の保坂隆氏です。友人との付き合いはもちろん、家族間での喧嘩を避けるにはどうしたらいいのでしょうか。今回は保坂氏の著書『精神科医が教える60歳からの人生を楽しむ忘れる力』(大和書房)から、適切な距離の取り方についてご紹介します。
大人になってからの喧嘩は不愉快や後悔が長引く
中高年になって喧嘩はしたくありません。疲れるだけです。それでも、つい喧嘩してしまう人もいます。親しい間柄だからこそ喧嘩するという人もいるでしょうが、若いときと違うものがあります。関係を修復するエネルギーがなくなっているのです。
若いころなら「喧嘩するほど仲がいい」ということもあります。喧嘩しながら友情を深めました。家族が喧嘩しながら団結を強めていくドラマなどもありました。しかし、大人になってからの喧嘩は、不愉快な思いや後悔が尾を引くものです。自分の立て直しにも時間がかかります。
2人の有名作家がいました。若き日は、よく喧嘩したそうですが、晩年は仲良く付き合っているように見えました。しかし、「本当には仲直りしていない」そうです。根本的な考え方の違いは高齢になっても変わりませんが、仕事上の対談などは引き受けていました。距離をとって付き合っていたようです。喧嘩するためのエネルギーを仕事にまわしたいと思ったのではないでしょうか。
この「距離をとって付き合う」ことが中高年の友人付き合いの要になります。若いときの馴れ馴れしい親しさは忘れて、親しきなかにも礼儀ありと思い出しましょう。
過干渉で大喧嘩に…自分の子どもが相手でも礼儀をもつこと
親子喧嘩も、子どもが社会人になったらしないほうがいいでしょう。
ある母親は我が強い人でした。子どもが大人になっても口を出す、過干渉の母です。息子が結婚しても、息子夫婦の新居に行って、いろいろ助言していくうちに、売り言葉に買い言葉で息子と激しい喧嘩になりました。それ以来、息子夫婦との付き合いがなくなったそうです。母親も大いに反省してはいますが、関係修復にはまだ時間がかかりそうです。
母親には「息子とは喧嘩しながらも、いつも自分の思うとおりになった」という記憶が染みついていました。息子と仲良しで一心同体ぐらいに思っていたのかもしれません。息子が独立したひとりの大人になったのを忘れていたようです。これは忘れる事柄が違います。忘れるのは一心同体のほうです。自分の子どもであっても、大人としての礼儀をもって付き合いたいものです。
このように子どもが大人になってからの親子喧嘩は修復が難しい場合があります。親は「誰のおかげでここまで育ったの?」と思い、子は「親のせいで、ずっと我慢していた」というお互いの過去の感情でぶつかります。
家族というのは、記憶を共有しながらも、記憶というボタンのかけ違いが起こることがあります。家族は忘れっぽいほうがいいのです。「そんなことあったかしら。忘れたわ」「あんなことあったけど、忘れよう」。そのようにして、今現在の親子関係に焦点をあてて、対等な大人として距離をとって付き合いましょう。
保坂 隆
保坂サイコオンコロジー・クリニック院長