「過去のなかに生きる人」にならないために

人に自慢話をすることは控えているという方でも、自分のなかで成功体験を大事にしすぎていることはあります。そういう方によくある憂うつ状態は、「昔の自分と比べてしまう」ことからきます。

以前なら難なくできたことができない。大学で首席だった自分がデジタル化に追いつけない。あんなに山に登っていたのに、最近はすぐに息が切れる。輝いていたころの自分と比べては、気分が落ち込んでしまうのです。それをうつ状態だと思って病院へ行った人もいました。

「先生、なんだか最近、元気がないのです。昔はがんばれたのですが」

「昔っていつですか?」

「20代のころです」

「いま、お幾つですか?」

「65歳です」

「ふむ、年のせいですね」

年のせいにされたと少々怒って私に話してくれました。20代の自分と比べて、同じような体力も胸のときめきもない。あのエネルギーはどこへ行ったのだろうと悩んでも、仕方のないことです。今の自分は、足腰が弱り、異性にも関心が薄くなり、盛り上がりについていけない、老いた人です。

ここでも健全思考で自分をとらえなおしていきましょう。よく考えれば、そこには年相応な自分がいます。この自分でこの先をどう楽しんでいくかを考えていきたいものです。

80代の後半になる横尾忠則さんは『老いと創造』のなかで、「耳は聞こえないし、目はかすむし、手は腱鞘炎だし、五感はほぼ全滅です」と言います。でも、老化に反逆するのではなく、認めるところからスタートするしかないと言い、「過去のいちばん健康で快適だった状態を、持続するのは不可能です。“Be Here Now”「この瞬間を生きる」という、今をもっとも大事にする生き方が必要なのではないでしょうか」と書いていました。

爆発的なエネルギーをもっているイメージの横尾さんが、今の自分を認めるという言葉には説得力があると思いました。高齢になると「過去のなかに生きる人」と「前を向いて生きる人」というタイプに、分かれます。人と話していると、どちらのタイプかわかってきます。

あなたは、「あのときはよかった」ということばかり言っていませんか。私たちは、80代でも90代でも創造的な活動ができます。そのための準備期間が50代から60代だといってよいでしょう。過去のいい時代はさっさと忘れて、いつの時代もこれからのあなたを磨くことを忘れないでください。

保坂 隆
保坂サイコオンコロジー・クリニック院長