どんな親でも、自分がなれる最良の親になりたいと思うことでしょう。しかし、時として、自分自身や子どもを「判定」したがる習慣が、それを阻むことが少なくありません。本記事では、英国の心理療法士、フィリッパ・ペリー氏による著書『子どもとの関係が変わる 自分の親に読んでほしかった本』(日経BP 日本経済新聞出版・刊、高山真由美氏・訳)より一部を抜粋・再編集して、より良い親子関係を築くために、親が子にすべき姿勢について、詳しく解説します。
子どもの〈健全な成長〉を願う親たちへ伝えたい…〈良い親〉を目指すより大切な「たった一つのこと」  (※画像はイメージです/PIXTA)

「良い親」と「悪い親」

皆さん、おそらく自分がなれるなかで最良の親になりたいと思っているのではないでしょうか。それを阻む障害物の1つは、自分自身やほかの人々を判定しようとする習慣です。

 

私たちには自分を親として判定したがる傾向がありますが、これは心理療法士の悩みの種です。「良い親」あるいは「悪い親」というラベルは役に立ちません。両極端だからです。いつも完璧に子どもと波長を合わせることなど不可能だし、善意でしたことが有害な結果をもたらすこともあります。

 

しかし「悪い親」のラベルを貼られるのはいやなので、間違いをおかしたとき(誰もが間違いをおかすわけですが)、私たちはその間違いがなかったふりをします。こうした「良い母親」「悪い父親」(あるいはその反対)のような考え方が存在するせいで、私たちは少しでもやましさを感じるような行動については自己弁護に走ります。

 

そうすると、子どもと同調できない点や、子どもの感情的なニーズを無視してしまっている点を直視しなくなります。子どもとの関係を改善する方法に注意を払わなくなるのです。これはうしろめたい事柄から逃れ、自分が正しいという主張を隠れ蓑にすることにもつながります。そうすれば「良い母親」「良い父親」というアイデンティティにしがみつけるからです。

 

問題を直視することを親が怖れると、子どもにも良い影響はありません。間違いは―子どもの感情が重要でないかのようにふるまうことや、その他、親の誤りはなんでも―私たちが自分の行動を変え、断絶を修復するなら、それほど大きな問題ではありません。しかし恥ずかしく思う気持ちが強すぎて失敗を認めることができないと、物事を正すこともできません。「悪い親」というラベルはこの恥ずかしく思う気持ちを増大させるのです。

 

母親や父親の属性に「良い」「悪い」を加えるのはやめましょう。完全な善人も完全な悪人もいないのです。不機嫌で、それを正直に顔に出す親(ふつうは「悪い親」というラベルを貼られます)は、やさしい見せかけの陰でストレスや怒りをためこんだ親よりはるかにましです。