2005年以降、増加傾向にある非正規雇用者。日本では現在、雇用者の約4割が非正規雇用であるといいます。なかには、震災などの影響でやむを得ずに非正規雇用の道を選ばざるを得なくなった人もいるようです。ルポライター増田明利氏の著書『お金がありません 17人のリアル貧困生活』(彩図社)より、派遣社員から契約社員に“出世した”と語る、35歳男性のインタビューをみていきましょう。
惨めなものですね…最近の大きな出費は1万3,000円の寝具。月収24万円の35歳契約社員が「こんなことはやっちゃ駄目」と語る〈派遣工〉の実態【ノンフィクション】
世間は“アベノミクス”で好景気だが…悲惨すぎる手取り給与額
「愛知の工場は2年6ヵ月で派遣打ち切りになってしまいました。1週間の空きがあったけど静岡の、やはり自動車関連の工場に移されました」
時給はまったく同じで仕事内容も製造作業。
「ここは1年半ぐらい忙しかったのですが生産調整があって暇になりました。まず残業がなくなり、次に1日の勤務時間が90分減って6時間30分になるといった具合です。最終月の労働時間は130時間まで減っていましたよ。月収は15万6,000円ぐらいで手取りになるとやっと12万円ぐらいでした」
正社員も配置転換があったから、たかが派遣工が無事でいられるわけない。
「待機ってことにされまして、寮にこもっていました」
それでも世間的にはアベノミクスで好景気。人手不足もあったから1週間で次の派遣先を斡旋された。
「食品会社でしてね。同じ静岡県内にある冷凍食品の工場でコロッケだとか炒飯を作る工程で働いていました。ここも仕事量にばらつきがあり、多い月は30万円ぐらいの月収になるけど暇な月は20万円がやっとという感じだった」
ここも働けたのは2年9ヵ月。いい加減に腰を据えて働かせてくれと思ったがそれは不可能。だって派遣なのだから。
「工場のロッカー室に誰かが持ってきた求人情報誌が置いてあって、パラパラめくっていたら、派遣打ち切りになるその食品工場の求人情報が載っていた。具体的な会社名は伏せてあったけど場所、仕事内容、時給などを見ればここだと分かります。とても嫌な気分になりましたね」
この食品工場を出たあとは神奈川県にある精密機器メーカーの工場に移されて携帯電話の部品製造ラインに配置された。
「製品の最終チェックが担当業務でした。工場勤務だけどそれほどきつい仕事ではなかった。夜勤はなく残業も1日1時間から1時間半程度、だから収入は下がりました」
雰囲気は良かったし、派遣先の正社員とも親しくなれたのでもう少し働きたい気持ちがあったのだが丸2年経ったところで派遣終了となった。
「やっぱり年齢が問題なんでしょうか、その工場の派遣で40歳以上の人はいませんでしたね。自分も派遣がおしまいになる直前に35歳になっちゃいましたから。使う方としては若い人という希望があるのだと思います、仕方ない」