突如訪れた“平穏な日常”の終わり

ある日、Bさんの携帯にAさんから電話がありました。電話に出ると、Aさんが取り乱した様子でこう言います。

「B! 部屋に泥棒が入ってきたの! 早く来て!」

「まさか、あの施設に限ってそんなことがあるはずがない」と考えたBさんでしたが、母親の取り乱し方に驚き、とにかく実際に確認するため急いでAさんのところへ駆けつけました。

Bさんが目にした「衝撃の光景」

そこでBさんが目にしたのは、怯えながらベッドで布団を被るAさんの姿でした。部屋を荒らされた形跡はなく、前来たときと同じようにきれいに整っています。

Bさんは、Aさんに声をかけてみました。

Bさん「おふくろ! 大丈夫か!? 泥棒って!?」

Aさん「あぁ~Bありがとう……ちょっと、まだいるわ! ほらそこ! 助けて!」

Bさんは愕然としました。Aさんが指差していたのは、窓ガラスに映るAさん自身の姿だったのです。

「なにを言ってるんだ、おふくろ。驚かせないでくれよ……。自分の姿が映っているだけじゃないか」。

Bさんは優しくなだめますが、Aさんは怖がって布団から出てきません。

とにかくこの場をなだめるため、Bさんは静かにカーテンを閉め、Aさんを安心させました。そして、スタッフにいまあったことを報告し、施設を出ました。

後日、Aさんを連れて病院で検査を受けたところ、Aさんには認知症の症状が出ていることが判明。思い返すと、たしかに近頃は物忘れが激しく、何度も同じ話をするなど、認知症の症状が表れていたように思います。しかし、「年のせいかな」とBさんはあまり気にしていませんでした。

それがいつの間にか、自分の姿を泥棒と勘違いするまでに症状が進んでいるとは……。Bさんは、「これからどうしよう」と途方に暮れてしまいました。

なぜなら、その高級老人ホームは軽度の認知症までしか対応しておらず、認知症が進行し重度になると「共同生活を送ることが難しい」と判断され、退去しなければならないルールがあるためです。