昨今はSNSの普及により「人との適当な距離の取り方がわからない」という人が増えているようです。他者の目を意識するあまり、ストレスが大きくなることも。明治大学文学部教授の齋藤孝氏は「他者との心地よい関係も、強くてしなやかな自我も、築くには身体感覚が重要」「精神の問題には、身体の問題が大きく影響している」と言います。脳神経外科医の松井孝嘉氏は著書『自立神経が整う 上を向くだけ健康法』(朝日新聞出版)にて、意識的に上を向く時間や回数を増やすだけで、気持ちも晴れ、健康になると提唱しており、精神と身体の繋がりを指摘しています。坂本九さんの代表曲『上を向いて歩こう』の医学的根拠が見つかったといえます。本記事では齋藤孝氏の著書『上手に距離を取る技術』(KADOKAWA)から一部抜粋し、いつでも心地よく他者と交流できるエネルギーの保ち方を解説します。
坂本九さんは正しかった!「上を向いて歩く」と気分が晴れることが最新研究で明らかに【有名脳神経外科医の研究を齋藤孝がわかりやすく解説】
江戸時代、現代よりも高水準で行われていた寺子屋教育
江戸時代までの子どもの教育は、剣術と素読を中心としたシンプルなものでしたが、声に出して暗唱し、体を使うなど、身体性という点では優れた面がありました。
勝海舟の父親・勝小吉の自叙伝『夢酔独言』には、剣術と素読が男の子の教育の中心だと書かれています。論語を暗唱しながら、寺子屋から家に向かうのですが、こんな小学生は今では考えられません。
寺子屋のテキストであった『実語教』や『童子教』を見ると、漢文です。国語教育に限って言えば、当時のほうが今よりも水準は高かったと言わざるを得ません。
質の高い文章を音読し、暗唱して体にしみこませ、剣術によって腰と肚感覚を養う。身体感覚を重視した教育が、強くてしなやかな自我を作り、人間関係の良い距離感、間を身に付けることにつながったのです。
明治時代、学校の急速な普及により失われたもの
明治時代に入ると、初代文部大臣となった森有礼を中心にして学校制度が整備され、わずか2、3年の間に、日本全国に1万校から2万校もの学校ができ、近代的なカリキュラムにあっという間に移行しました。
日本人の恐ろしいまでの学校に対する適応力が発揮され、国民全体の学力が底上げされたことで、その後日本の国力が上がり、経済や生活状況は改善されていきます。
それ自体は良いことでしたが、そこで生じた弊害の最たるものは、身体性あるいは身体感覚が失われていったことです。他者との心地よい関係も、強くてしなやかな自我も、身体感覚の支えがあってこそ成り立つものです。身体感覚を取り戻すために、簡単にできることを探っていきましょう。