昨今はSNSの普及により「人との適当な距離の取り方がわからない」という人が増えているようです。他者の目を意識するあまり、ストレスが大きくなることも。明治大学文学部教授の齋藤孝氏は「他者との心地よい関係も、強くてしなやかな自我も、築くには身体感覚が重要」「精神の問題には、身体の問題が大きく影響している」と言います。脳神経外科医の松井孝嘉氏は著書『自立神経が整う 上を向くだけ健康法』(朝日新聞出版)にて、意識的に上を向く時間や回数を増やすだけで、気持ちも晴れ、健康になると提唱しており、精神と身体の繋がりを指摘しています。坂本九さんの代表曲『上を向いて歩こう』の医学的根拠が見つかったといえます。本記事では齋藤孝氏の著書『上手に距離を取る技術』(KADOKAWA)から一部抜粋し、いつでも心地よく他者と交流できるエネルギーの保ち方を解説します。
坂本九さんは正しかった!「上を向いて歩く」と気分が晴れることが最新研究で明らかに【有名脳神経外科医の研究を齋藤孝がわかりやすく解説】
技術の進歩により、エネルギー縮小のスパイラルに陥っている現代人
エネルギーレベルは、生命体にとって大変に重要なファクターですが、人間のエネルギーレベルは歴史的に下がり続けています。
江戸時代には、築地から新宿まで天秤棒をかついでシジミを売り歩くという、今では考えられない運動量を、市井の人々がこなしていました。江戸から大阪、四国までも徒歩で行ったわけですから、運動量、運動能力が今の時代に比べ相当高いレベルだったことがうかがえます。
莫大なエネルギーをふつうに発散していた時代から、乗り物が普及し歩かなくてもいい時代、パソコンやスマホばかりいじり少ないエネルギーで生きていける時代になり、うつむき加減の姿勢で生活をしていると、首が前のめりになり、呼吸も浅く、エネルギーも衰え、健康も害しやすくなります。
医師の松井孝嘉先生は、スマホ首の対策として『自立神経が整う 上を向くだけ健康法』(朝日新聞出版)を提唱しています。松井先生によると、健康になるには首を上に上げるだけでいい、意識的に上を向く時間や回数を増やすだけで、気持ちも晴れ、健康になると提唱しているのです。
とてもシンプルですが、人間の本質をついていると思います。新型コロナウイルス下の自粛生活によって、私たちのエネルギーは縮小再生産状態になり、低下傾向が加速しました。万人が抱える精神の問題には、身体の問題が大きく影響しています。
身体をケアすることで、いつでも心地よく交流できるエネルギーが保てる
たとえば、温泉につかってふっと息を吐いたときは、だいたい機嫌が良くなるもので、緊張感や不機嫌を保つことのほうが難しいでしょう。適度に運動をし、身体感覚を持ち、お風呂でリラックスし、上機嫌を保てるような状態を心掛け、いつでも心地よく他者と交流できる身体状態を目指せば、エネルギーレベルは一定程度保つことができます。
生きるエネルギー、気のエネルギーは、私たちの内側から湧き出てくるものですが、他の人と交流したり、外に出て外の世界に触れたりすることで、さらに循環、発散が可能となります。
相手の人や外界から気のエネルギーを受け取り、それが刺激になって、また内側からエネルギーが湧き出てくるのです。私は仕事柄、人前で話をする機会がありますが、同じ内容でも何百人も前に講演する時の気の出方は、特別です。ステージに立てば、家にいるときよりもはるかに大きなエネルギーを放出します。
ライブ会場でエネルギーを発散しているミュージシャンやその観客の姿を思い浮かべると、理解できると思います。まさに気炎が上がり、何百何千、あるいは武道館やドーム球場のライブのように1万人単位の熱気が感じられ、場に、自然と気のエネルギーが充満するのです。
齋藤 孝
明治大学文学部教授