動画配信サイトのドラマで刺激する

いくら作家業とはいえ、常に集中して原稿が書き続けられるわけではありません。もう少し若いときは、7~8時間集中して書いても、なんとも思わなかったのですが、今は医者の仕事が日中忙しくなかなか大変です。夜遅くなって数時間原稿書きに集中するのが難しくなってきました。


原稿を書いていて、進まなくなると、最近ではネットの動画配信サイトのドラマをつい見てしまいます。文字ばかり追っていた頭を、映像を見ることに切り替えると気分転換になります。脳を休めるということは、使っていない脳の部分を使うことですから、文字や数字を扱っている仕事なら、映像的な刺激がいいわけです。


そんな意味から私にとって動画は、脳を休めるのには最適です。さらに、ただ面白いというだけではなく、驚きや感動もあったりするので、記憶に残っていきます。映像を見ているとき、私たちはその先をほとんど無意識に予測して見ているわけですが、それが裏切られたときの驚きは、さらに脳を刺激することになります。


いい意味で期待を裏切ることこそ、エンターテイメントなのです。それも2度3度の想像できない展開がある作品が多く、よくそんなストーリーを考えられるものだと思ってしまいます。時代小説を書いているとき、ストーリーをかなり考え続けました。想像ができるオチをさらにひねり、最後ももう一度ひねるというようなことを考えていました。


それはここ10年くらい寝る前に、見ているネットフリックスなどの動画配信サイトの影響です。ネットフリックスは、スポンサーからの影響がないので、ストーリーや描く舞台はまったく自由であり、非常に発想が豊かです。


『ブレイキング・バッド』という有名な作品では、冒頭に意味のない画像を出しています。実際脚本家も、その映像をどうするのか、まったく考えずにストーリーを展開して、最後にうまくその映像が意味を持つようにしているらしいのです。ユニークな発想はそんな具合で生まれていくようです。


だから動画を見る側も、まったく予想もつかない展開があるからこそ面白いわけです。それくらい話が面白いと、十分脳の刺激になります。私はずっとネットフリックスを見ていて、いつか役立つときがくるだろうなと思っていました。それが時代小説のストーリーを考えるときに役立ったのです。


物を考えるとき、自分の記憶で先を読もうとします。意外な展開をする動画配信サイトのドラマでは、予想を裏切られることが多いので、それが驚きになって、忘れられない記憶となっていきます。このとき、脳の扁桃体が刺激され感情も動かされるので、即座に忘れられない記憶に変化していくのです。そこで、新しい脳のネットワークができあがるわけです。


面白いドラマを見て驚き、感動していくというのは、脳に新しい回路を作っていく上で、非常に重要で有効な手段なのです。文章を読んで感動していくには、感情移入する時間が必要になりますが、動画ではそのシチュエーションを読み取ることで、すぐに感情が動かされやすくなっています。だから短時間のうちにうれしくなったり、悲しくなったりできるわけです。


そのあたりの脳の仕組みをうまくとらえたのが最近の動画配信のドラマでしょう。ドラマといかなくても、最近はSNSで偶然撮れた動画や面白い画像をアップできます。この作業が創造的な脳の使い方になります。しかし、ただのランチの画像や、エアポート投稿おじさんと言われる、空港ラウンジでの画像など、だれもが見飽きている画像をうれしそうにアップしてしまうのは、脳にとっては刺激にならないわけです。


私のFacebook は基本、洒落で画像をアップしていることが多いのですが、いまはFacebook を使っている年齢層が高くなっているので、その洒落をなかなか見抜けないようです。ついマウントを取って、「それはこうしたほうがいいです」というような書き込みをする高齢者が結構います。みんなが面白がっているだけなのに、そこで正論をはいてしまうことが、いかにずれているのか気が付けないのです。


旅先から、「○○に着きました」という画像をアップすると、「そこには2年前に行きました」とマウントを取るような書き込みをする人が結構いるのが、高齢者Facebook の特徴かもしれません。そもそも、○○に何回も行っている人は、「いいところですね」と共感で軽くかわすものです。


SNSの世界でうまくたち振る舞うのは、実はなかなか難しいのです。初めの頃は、インターネットが自由に使えるようになると、脳にとってマイナスのように言う人が多かったものです。しかし、決してそんなことはなく、上手に利用していくことで、むしろ脳にはすばらしい環境を提供することになります。少なくともマウントおばさんや、エアポート投稿おじさんにはならないことです。

米山公啓
脳神経内科医