高齢者はあまりしっかり寝なくていい

患者さんであるご高齢のお母さんとその娘さんが、一緒に診察室に入ってきて、「先生、ちっとも眠れないんですよ」と患者さんが言います。すると後ろに立っていた娘さんが笑顔で手を横に振って、小声で「寝てますよ」と言うのです。

睡眠というものの客観的な評価の難しさです。不眠はあくまで個人の見解です。大人数の睡眠時間を測ることは難しいので厚労省が行っている調査は、アンケート調査です。となってくれば、自己申告の睡眠時間というのがいかに信頼できないものかわかります。

というのも、「睡眠不足」であることが、睡眠をビジネスにしている人たちにとって重要だからです。日本人は先進国の中で睡眠が足りないというような統計は、自分たちの仕事にぜひ必要なデータだからです。どうしてもそういった情報が発信されやすいですから、多くの人は睡眠不足だと思ってしまうのです。

なんとかいい睡眠をとりたい、もっと睡眠時間を延ばす方法はないのかと、睡眠関連の商品に思わず手を伸ばしてしまうというわけです。不眠は、健康食品、医薬品、寝具メーカーなど様々な業種が取り囲む大きなビジネスマーケットです。最近ではアップルウォッチのような腕時計型の記録装置に内蔵された加速度センサーで、睡眠パターンの分析ができるようになってきました。

アンケート調査よりは信用できそうですが、そもそも、何時間寝ればいいのかという本質的な問題はわかっていません。人により、年齢によって適正な睡眠時間は違うということしか言えないのです。それにも関わらず、メディアの影響で「睡眠時間が短い」「いい睡眠がとれていない」という、一億総不眠症とでも言えそうな感じなのです。

高齢になると深い睡眠に落ちないので、熟眠感が得られません。睡眠時間は短くなって、浅い睡眠となれば、当然いくら寝ても寝た気がしないということになります。高齢者はあまりしっかり寝なくてよくなっていると考えるべきなのです。

そこを理解できないと、いつまでも不眠だと信じ込んでしまいます。認知症の初期症状に不眠があるという言い方をしますが、高齢者に多い認知症ですから、その訴えが病気のためか、年齢のためか区別はできません。短時間でもしっかり眠ればいいのです。短い睡眠時間でも昼間眠くなければまったく問題ないのです。眠れないのは普通のことだと、もっと気楽に接していくべきです。