睡眠薬はぼけるか

不眠の解決策として、睡眠薬がよく使われます。患者さんは「できるだけ睡眠薬は飲まないようにしているんですよ」と言うことが多く、睡眠薬は悪というイメージがあるようです。長く飲むとからだに悪い、ぼけるという心配をしつつ飲んでいるのが現実でしょう。

睡眠薬は飲んで数時間は、寝ぼけたような現象を引き起こすことがあります。自分のやったことを憶えていなかったりします。転倒して骨折ということも起きます。だからといって、睡眠薬を飲むとぼけやすくなるというわけではありません。認知機能の低下が起こると指摘されますが、認知症になりやすくなるのとは別の話です。

認知機能が低下する前に不眠を訴えることも多いので、そこで睡眠薬を出した結果が、睡眠薬を飲むとぼけやすくなるということになりかねません。睡眠学会のガイドラインでは、睡眠薬の使用をさけて、薬以外の不眠治療、例えば規則的な生活をする、日中陽にあたるなどと言いますが、長年高齢者の患者さんを診てくると、そういったことが非現実的であり、まったく個人の生活環境を無視した理想論でしかないと思うばかりです。

高齢者の1人での生活は、大変な苦労が多く、そんなのんびりした生活などできないのが現実です。それを無視した治療方針自体がおかしいと私は思っています。さらに困ったことに今主流として使われているベンゾジアゼピン系の睡眠薬は依存性の危険があります。つまり飲まないと眠れないということになってきます。

睡眠薬は大きく分けて3種類(ベンゾジアゼピン受容体作動薬、メラトニン受容体作動薬、オレキシン受容体拮抗薬)あります。メラトニン受容体作動薬、オレキシン受容体拮抗薬は2010年以降の新しい薬です。日本ではまだまだベンゾジアゼピン系の薬が主流です。

昔のように長く効く薬は減って、だいたい効果は3時間くらいです。だから睡眠薬を飲んでも中途覚醒が起こるのはしかたのないことです。認知症のリスクとして現在はどう考えられているでしょうか。フランスの平均78歳の住民1000人以上を対象にした調査では、睡眠薬を服薬していた高齢者では4.8%、服用していなかった高齢者では3.2%が認知症を発症して、睡眠薬を長期に飲んでいると1.5倍のリスクがあったとしています。

ところが、同じような他の調査では睡眠薬は認知症のリスクを高めないとするものもあります。今のところ、睡眠薬と認知症の関係はまだはっきりしていないのです。睡眠不足や不眠症が認知症のリスクを高めるという信頼度の高い調査があります。

だから、認知症を心配するなら、きちんと睡眠をとるほうが重要になってきます。不眠の治療には薬物以外もありますが、薬物以外で高齢者が不眠を治すことはかなり難しいように思います。外来で、「睡眠薬の使用はできるだけ避けたほうがいいです」というアドバイスは、飲もうかどうか迷ってしまい、飲みたいけれどできるだけ飲まないようにしようというストレスを作り出してしまいます。

もちろん薬は飲まないほうがいいわけですが、現実の生活はそう簡単に解決できない問題ばかりです。だから余計なことを考えずに、「睡眠薬を飲んで大丈夫ですよ」と私は説明しています。しっかり眠ることのほうが重要だからです。逆に睡眠薬で眠れるならそのほうがずっと幸福なのです。

確かに、日本ではベンゾジアゼピン系の睡眠薬が過剰に使われているのも事実です。最近、依存性の少ないオレキシン拮抗薬と呼ばれるデエビゴ、ベルソムラという薬が使われるようになっています。まだ動物実験の段階ですが、デエビゴはレム睡眠を増やすので、脳の老化を防ぐ可能性が出てきました。

だから睡眠薬を長期的に使うならオレキシン拮抗薬がよいでしょう。ところが長い間ベンゾジアゼピン系を使い慣れてくると、なかなかオレキシン系の薬に切り替えが難しいようです。ただ何度か切り替えのトライをすべきでしょう。認知症のリスクを少しでも下げるためにもオレキシン拮抗薬の睡眠薬を使ってみましょう。