昼寝も寝方で危ない

医学研究というのは、なかなか真実が見えません。というのも、研究の仕方でいろいろな結果が出てしまうことが多いからです。「科学とは再現性があること」これが非常に大切なのです。つまりだれがやっても同じ結果になる。これこそが科学なのですが、医学はなかなかそういきません。

同じ病気であっても、ある医者が手術をしたらうまくいき、ある医者がやったら失敗となることがあります。この場合、同じ病気といっても年齢や病気の進み具合も違うので、まったく同じ病気を診るということは、医学上はあり得ないわけです。

だからこそ、医学ではなかなか結論が出せないのです。さらに医学が進歩することで、治療が180度変わってしまうこともあります。私が医師国家試験を受験した頃、急性心筋梗塞ではニトログリセリンを使うことは禁忌でした。

ところが今は、一部例外を除き積極的に使用します。治療がまったく逆になってしまうことが、少なくないのです。つまり医学の真実とはその時代の真実ということになります。脚気論争では、科学的な視点だけではなく、陸軍と海軍の対立がありました。脚気は麦飯を食べれば防げることを海軍は証明していましたが、陸軍の最高位の医者であった森鴎外は、その事実を死ぬまで受け入れなかったのです。そのために多くの人が戦争でなく脚気で死んでいます。

今でも、○○大学医学部が出してきた研究は受け入れられないなどの、とても科学とは関係のないレベルで、医学研究が行われていることもあります。それが日本の医学研究の実態です。だからこそなかなか日本全体の医学部で同じ研究をして、独自の結論を出す、あるいは世界基準になるガイドラインを作ることすらできないのです。

睡眠なども、それを研究する人の様々な立場で結果も変わってきてしまうものです。睡眠は年齢で変化することは前述しましたが、実は昼寝の時間も年齢で変化してきます。高齢者は年齢が上がると、昼寝時間が延び、頻度も増えていきます。

それを前提に調査しないと、昼寝時間が増えれば認知症が増えるということになってしまいます。睡眠研究は時間もお金もかかるので、なかなか信頼性の高いものがやりにくいのです。つまり、脳の働きをモニターしながら睡眠がとれる場所というものが、医学部であっても多くはありません。だからもっとも精度の高い睡眠研究は、なかなかできないのです。

それでも多くの調査はあります。ある研究では60分以内の昼寝はアルツハイマー型認知症のリスクを下げたが、60分以上の昼寝はリスクを高めたという報告があります。またアメリカで2500人の高齢者を対象にした研究では、昼寝の時間が長いほど記憶力の低下が認められたとしています。

どうも長めの昼寝は脳にとってよくないようです。さらに、研究精度を上げた研究があります。腕時計型の活動量を測る器械をつけて、その活動量から昼寝をしていたかどうかなどを調べた結果があります。その結果、初回評価時点の昼寝時間が長い人は、アルツハイマー型認知症の発症リスクが高くなりました。

具体的には、1日に1時間以上の昼寝をする人のアルツハイマー型認知症の発症リスクは、昼寝時間が1時間未満の人の1.4倍でした。どうも昼寝はその時間が重要ということです。昼寝は30分間くらいが脳にとってはベストのようです。昼寝が認知症のリスクを抑える以外にも、いろいろメリットがあります。

30〜90分昼寝した人は、昼寝しなかった人や90分以上寝た人より、言葉の想起がよくなるという報告があります。つまり昼寝によって記憶力がよくなるということです。また、昼寝は記憶力以外に、判断力・計算力などの認知機能を向上させる効果も認められています。

仕事をしている人なら、途中で昼寝をすると、脳がリフレッシュすることで集中力が上がり、午後の仕事にもよい結果を生みます。忙しいときに昼寝をすれば、脳が落ち着きストレスの蓄積を防いでくれます。忙しいと時間に追われるのではなく、むしろ積極的に昼寝をしたほうが、仕事の効率が上がるわけです。日常の生活の中にうまく昼寝を取り入れることが脳を活性化させることになります。

睡眠研究は腕時計型の加速度センサーを使った調査ができるようになって、以前より精度も対象患者さんの数も増やすことが可能です。もう少しすればもっと信頼度の高い研究結果が出てくるはずです。

米山公啓
脳神経内科医