誹謗中傷された場合の「法的な手続」とは?
クリニックに対して執拗に繰り返される、非常に悪質な誹謗中傷の書き込み。もしこのような事態が発生した場合、法的にはどのような順序を踏んで対応をすることになるのでしょうか。
まず、誹謗中傷を受けたクリニックのオーナーは、以下のような手続を取り、誹謗中傷に対する措置を講じることとなります。
1. 発信者情報開示(書き込みをした者の特定)
現在のインターネット上の書き込みは、匿名・仮名でされる場合が非常に多く、まずは書き込みをした者がだれなのか、特定をする必要があります。
その手続として、書き込みがされたWebサイトの管理人またはプロバイダに「発信者情報開示」を求める方法が考えられます。この手続は、従前は多くのステップがありましたが、2022年に改正プロバイダ責任制限法が施行され、「発信者情報開示命令」として、1回の手続でまとめて開示を行えるようになりました。この法改正の経緯には、ここで取り上げるような、インターネット上の誹謗中傷の社会問題化があったことはいうまでもありません。
2. 被害回復請求
上記手続で書き込みをした者が判明した場合、次は書き込みをした者に対して被害回復を求める請求をすることが考えられるでしょう。被害回復を求める方法としては主に、
①交渉を行い、投稿の削除や解決金支払を求める
②加害者に対する損害賠償請求を裁判所に提訴する
という2パターンが挙げられます。
それぞれに特徴があり、どちらを選択すべきかはケースバイケースです。
まず「①交渉を行い、投稿の削除や解決金支払を求める」場合、特定した書き込み主に連絡を取り、任意に(=裁判所による手続ではなく)クリニック側の要望を伝えることになります。
この手続のメリットは、「裁判に要する時間や費用がかからず、早期解決の可能性がある」「解決金請求ではなく、投稿の削除、謝罪等様々な解決方法の提案ができる」という2点があげられます。
デメリットは、「裁判所が絡む手続ではないため、強制力を持つものではなく、任意の話し合いに留まる」「書き込み主が誠実に対応するかどうかわからない」ということが考えられます。
時間とお金がかからず、柔軟な解決ができる点はメリットですが、交渉の相手が悪質な書き込みを行っていた者であることから、一筋縄ではいかないことも考えられ、合意した内容が守られないことも多々あります。任意交渉で終わればラッキーといえる程度であり、多くを期待できないこともまた事実です。
そして「②加害者に対する損害賠償請求を裁判所に提訴する」ですが、こちらは書き込み主が「不法行為を行った」として、裁判所に損害賠償請求を起こすものです。
この手続のメリットは、「正式な裁判手続に乗せ、金銭請求を行うことができる」「書き込み主と話し合う必要はなく、裁判所ベースで期日を進められる」の2点があます。
デメリットは、「裁判手続のための期間・費用がかかる」「解決方法は、基本的に加害者に対する金銭請求になる」という点であり、いうなれば、①の任意交渉の裏返しのようなイメージです。
もっとも、訴訟提起の場合であっても、「請求できる損害は悪質な書き込みと因果関係があるものに限定され、なんでも請求できるものではない」「書き込み主が十分な経済状態でない場合、裁判で勝ったとしても回収が難しい」という点には注意が必要です。
誹謗中傷の訴訟において、かけた費用を回収できないかもしれないという点は、常に留意する必要があります※。
※ クリニックのような事業者の場合は、強い手続を使うなかで書き込み主に、投稿の削除の圧力をかけるといった方法も検討できますが、個人による場合の回収可能性は大きな問題といえるでしょう。
また、上述した手続以外にも、仮処分によってコメント・口コミの削除を申し立てる方法や、警察署への刑事告訴をするといった方法も考えられます。
誹謗中傷の内容や緊急度によって、どの手続を取ることがベストなのか、しっかりと判断することが重要です。
実際の裁判例の紹介
では、実際の裁判では、どのような口コミやネット上の書き込みが争われているのでしょうか。コンパクトにまとめた内容を見ていきましょう。
(1)東京地判平成15.3.31判時1817.84
全国的に眼科を展開していた医療法人Xに対し、Aがヤフー株式会社の運営する電子掲示板において、「お前のところ(Xを指す)は、去年3人失明させている」といった書き込みを行った事例。なお、書き込みの事実となるような失明を起こす合併症をXで起こしたという事実はなかった。
→ 裁判所は、Xの発信者情報の開示請求を認容した。
(2)東京地判平成30.4.26判時2416.21
歯科医院を経営していたY医療法人に対し、Googleの運営する口コミサイトに、「ホームページの料金よりかなり高額」「高額なのにアルバイトの医師の技術が低い」「セラミックによる治療後すぐに虫歯になり、何とかしてほしいといったが放置された」といった複数の口コミが投稿された事例。Yの料金は、他の医院と比べて高額であるといいきれず、セラミック治療後のクレームの医療記録も存在しなかった。
→ 裁判所は、Yの投稿の仮の削除の申立てを認めた。
(3)大阪地(堺支部)判令和1.12.27判時2465・2466.67
矯正歯科を専門とする歯科クリニックZに対し、Googleの運営する口コミとして星1の評価を付け、「予約から2時間以上待たされることが数度あった」「治療予定が当初よりも半年以上延び、何度聞いてもはぐらかされた」「患者と喧嘩しているのを見た」「助手にレントゲンを撮らせていた」「矯正歯科学会の認定医で検索しても出てこなかった」といったコメントを付した。
→ 裁判所は、Zの投稿の仮の削除の申立てを却下し、削除を認めなかった。
その理由として、口コミの内容が、患者本人が見聞きした範囲内の感想等を記載したものに過ぎず、感想が前提とする事実が具体的ではないこと(待たされたのは3年の治療中何度なのか、口論はどの程度起こりどんなやりとりがされたのか)、治療の内容についても素人的考えが述べられているのみであること、認定については書き込み主の検索ミスに過ぎないことが挙げられた。
結論を分けた裁判例と、取るべき対策
紹介した裁判例は、クリニックが関連した誹謗中傷の裁判例の中でも代表的なものを、簡易的に紹介したものです。開示請求なのか、投稿の削除なのか等の選択した手続の違いはありますが、結論が分かれた理由及び知っておくべき対策としては、以下の点が挙げられるでしょう。
●治療の結果や医療ミスといった「事実の適示」は、クリニック側の請求が認容されやすい(当然、医療ミス等がないという虚偽であることが前提)
●診療記録や値段等、クリニックとして反論の根拠となる資料を提出しやすい部分は請求が認められやすい
●患者の見聞き・体験した事実や感想に留まる部分は、ネガティブなものであっても対応は難しい(=各クリニックで患者が体験した内容を口コミによって第三者に広めることは、公共性があるという論理を裁判所は採用する)
このことから、クリニックとしては、治療の結果に対して異なる指摘をしている場合(医療ミスの指摘や「ヤブ医者」といった表現が典型例)は、その表現によるクリニックが負うダメージ等を考え、法的手段を検討する必要があるといえます。
しかし一方で、患者自身の感想や体験については、クリニックに都合が悪い内容でも、法的手段で対応することは難しいと考え、ポジティブな口コミを増やす方向にシフトするべきだといえるでしょう。
クリニックに対する誹謗中傷問題は、書き込み主は手軽に書き込める一方、クリニック側が法的手段に打って出ようにも費用面・時間面のハードルが高く、両者の不均衡が大きいといえます。しかし、悪質な誹謗中傷には毅然とした対応をとらないと、ネット上にいつまでもクリニックの悪評が残り続け、営業上のダメージを負うことにもなります。
適した方法と適した手続によって対応をするためには、専門家を頼るとともに普段から知識を習得しておくことも重要といえるでしょう。
寺田 健郎
弁護士 弁護士法人山村法律事務所