あと2年ほどで定年のある日、長年勤めた会社がいきなり倒産

高橋利夫さん(58歳)は中小企業の幹部社員でした。30代のときに以前勤めていた会社の同僚が起こした建設会社に誘われて転職、現場の責任者を任され活躍してきました。若い社員達の世話をしながら日々現場に出て、60歳で定年退職した後はいま育てている若手に任せ、自分は管理者としての責任から開放されて再雇用の立場で現場仕事をしたいと考えていたのでした。

「あと2年もすれば退職金が出て、ローンも完済して楽に生活できる……」このように考えていたある日、高橋さんがいつものように出社すると、会社の入り口に1枚の貼り紙が。そこに書かれていたのは、会社が倒産したという内容でした。

仰天した高橋さんはすぐさま社長に電話を掛けました。そこで初めて、受注の減少から資金繰りが厳しくなり倒産することになったという話を聞いたのでした。

「退職金規程」…そんなものは存在も知らなかった

そして、そんな状況に追い打ちをかけたのが退職金の存在でした。

会社もある程度軌道に乗り、高橋さんが部下を持ち始め責任者になった頃、社長の知人の証券会社の営業マンがある提案をしていました。それは、毎月の給与を10万円引き下げて、その分を退職金として会社で積立するというもの。その方が税金や保険料が掛からないためお得という話だったのです。高橋さんは、自分で貯金するのも苦手だからと、その提案を受けていたのでした。

「おれの退職金、ちゃんと受け取れるんだろうか……」

こう思った高橋さんは破産管財人の弁護士に連絡しました。そこで告げられたのは、「退職金規程が会社に無い」という事実でした。

退職金は全額を保証されるものではありませんが、会社が倒産した場合にも支払われるなど、ほかの債務と比較すると優先的に支払われます。ところが、高橋さんの会社ではその規程を作成せずに退職金の積立を行っていたため、退職金とは見なされていなかったのです。

そんなことはまったく知らなかった高橋さんは、慌てて弁護士に相談したものの、規程が無い以上いまとなっては対処が難しい旨を告げられました。そして、高橋さんは自分の給与の中から積立していた退職金を失う結果となってしまいました。「退職金規定のことさえ知っていれば…」と後悔しても、もう遅かったのです。

当初受け取れると考えられていた退職金の金額は1,500万円。10年もの間、毎月の給与を10万円減額する代わりに積み立てていたお金を失ってしまった高橋さん。そのうえ失業して再就職先を探さなければならない状況の中でローンの返済にも追われることになってしまったのでした。