深刻化する後継者不足…リタイアを検討する開業医が増えている
近頃、「医師の高齢化」や「後継者不足」を背景に、開業医のM&A相談が増加傾向にあります。
厚生労働省の「令和2年統計調査」によれば、開業医の平均年齢は60.2歳と過去最高に。さらにはリタイアを意識し始める60歳以上の割合が51.5%と、全体の半数を超えました。このうち、約半数が後継者問題(後継者不在の悩み)を抱えているといわれています。
日本全体の人口構造の変化と同様、開業医の高齢化も今後さらに進むことが見込まれることから、開業医によるM&A相談・検討は引続き高水準で推移するものと予測されます。
開業医が検討するリタイア「4パターン」
開業医は、勤務医と違って定年がありませんが、身体的な衰えや、経営者としての精神的な疲れもあり、一般的に60~70歳前後でリタイアを意識し始めるといわれます。
その際に開業医が選択し得るクリニックの承継方法としては、
①親族承継
②従業員承継
③第三者承継(M&A)
④廃院
の4パターンが挙げられます。
たいていの場合、開業医は上記の①親族承継か、あるいは②従業員承継をまず検討します。
意思疎通のしやすい子息や、クリニックの運営状況・雰囲気をよく知る従業員は、患者や取引先からの理解も得られやすく、クリニックを存続させてくれる第一候補として期待できる人物といえるでしょう。
しかしながら、そもそも継いでくれる親族がいない、親族や従業員に候補者はいるが経営者負担(労務管理や院内対応、銀行借入保証等)が重荷となって継いでくれないなど、結果としてうまくいかないケースがかなり散見されるのも事実です。
その場合、選択し得るパターンは③第三者承継(M&A)か、④廃院に絞られます。
一見すると、自身でタイミングがコントロールしやすい④廃院が簡単そうに見えますが、実際には多額の廃院費用(テナント物件における原状回復費用、医療機器や薬剤の処分費用等)が必要であったり、これまで築き上げてきた資産(カルテ、スタッフ、地域の信頼等)を放棄することになったりと、マイナス面も否めません。
その点、③第三者承継(M&A)を選択すれば、信頼の高いパートナーとの資本提携からさらなる業績拡大が期待できたり、開業医自身が譲渡益による金銭的メリットを享受したりすることが可能となります。
当然、第三者承継(M&A)についても、候補先の選定や条件交渉など煩雑な手続きが必要なほか、スタッフや取引先など利害関係者に対して十分な説明が必要といったデメリットも存在するため、安易な決断はおすすめできません。
大切なのは、双方のメリット・デメリットをしっかりと比較・検討し、自分にとって、クリニックにとってよりよい未来を選択することです。
リタイアを検討する際に押さえるべき「3つ」のポイント
では、第三者承継(M&A)の検討を進めるにあたりやるべきこととはなんでしょうか。
考えられるのは、下記の3点です。
1.時間軸を設定する
一般的にM&Aを検討し始めてから成約に至るまで、最短でも半年~1年程度かかり、長ければ数年を要します。納得のいく譲受候補先がすぐに見つかるとは限りません。自身が希望する退職時期から逆算して、早めに検討を始めることが肝心です。
2.クリニックの価値を知る
クリニックの価値を知るには、M&A仲介会社に決算書類等を提出し、クリニックの譲渡対価を算出してもらうといいでしょう。
譲渡対価の計算方法は数種類存在しますが、クリニックの価値算定では「年倍法」が使われることが一般的です。年倍法とは次の式で計算され、そのクリニックの譲渡対象資産はいくらなのか、それに対して期待できる年間正常収益を何年分加算するのかを考慮します。
実際には、営業権に役員報酬の減少見込分を加算するなど、もう少し詳細な計算を行いますが、計算の骨格は下記のとおりです。
<年倍法の計算式>
「時価純資産額※1」+「営業権※2」×平均2~3年分
※1 時価純資産額…貸借対象表(BS)の資産額から負債額を差引いた差額=純資産。これを時価ベース(現在価値)に置き換えて計算します。
※2 営業権…EBITDA(営業利益+減価償却費)
近時、クリニックの営業権は平均2~3年分程度を見込むことが通常ですが、商圏や業績、人員体制などを鑑みて4~5年程度に上振れするケースも散見されます。
この計算ロジックを把握するとともに、自身のクリニックの強みを正確に説明できることが、有利に金銭的交渉を進めるポイントです。
3.希望条件に優先順位をつける
譲渡を検討するにあたっては、なにを優先課題とするのかを決める必要があります。たとえばそれは譲渡対価なのか、従業員の継続雇用なのか、地域医療体制の堅持なのか……。なにを希望条件とし、そのなかからどの条件を優先課題とするのか。この検討なくして目的の達成はあり得ません。
敵対的買収が散見される大企業M&Aとは異なり、中小企業M&Aは友好的買収が原則ですが、それでも譲渡側と譲受側の利益は相反するものであり、シビアな条件交渉は避けられません。
したがって、すべての希望条件が通るなどとは考えず、譲れない希望条件がなにかを明確にすることが重要となってきます。
M&Aの実現は想像以上に難しい…「当たり前」の徹底が重要
既述の「押さえるべきポイント」は、一見すると当たり前のものに映るかもしれません。
しかし、現実には、譲渡したい時期がはっきりせず交渉が着地しない、譲渡価格は年商の3倍は期待できるとの思い込みで譲受側との価格差が狭まらない、すべての希望条件を叶えようとして交渉が進まないなど、そのクリニックに有利な交渉が期待できるポテンシャルがありながらも、M&Aがブレイクしてしまう事例も数多く存在しているのです。
「押さえるべきポイント」をしっかり理解して交渉を有利に進めることで、“1円でも高い価格での譲渡”を目指しましょう。
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田畑 伸朗(編集:株式会社幻冬舎ゴールドオンライン)
【株式会社船井総合研究所】フィナンシャルアドバイザリー支援部