(※画像はイメージです/PIXTA)

開業医の高齢化や承継者不足を背景に、クリニックのM&Aが増加しています。買い手としては、安定して黒字を出しているクリニックを承継したいと思うもの。しかし、実は「赤字経営の医療法人」にも買収するメリットがあるのです。医療業界におけるM&Aの現状と、赤字クリニックを承継するメリット・デメリットについて、医療機関のコンサルティングに詳しい株式会社船井総合研究所フィナンシャルアドバイザリー支援部の田畑伸朗氏が詳しく解説します。

毎年約1,000件ずつ…法人化するクリニックが増えている

日本における医療法人数は、毎年1,000件程度増加しています。その総数は平成27年に5万件を突破し、令和5年3月末現在においては5万8,005件です。

 

一般的に、個人開業医と比較すると、医療法人化には

 

・社会的信用の向上

・事業承継における選択肢の増加

・厚生年金加入をはじめとする従業員に対する社会保障の充実

・税率面の優位性

 

など、さまざまなメリットが期待できます。したがって、医療法人数は今後も引き続き増加していくでしょう。

 

医療法人に関する規制や公的医療機関の設置・補助について定めた「医療法」の目的は、「医療を受ける患者の利益保護と、良質・適切な医療の効率的な提供体制の確保を図ることで国民の健康の保持に寄与すること」とされています。

 

そのため、医療法人における赤字は、国民への医療提供体制の安定性にマイナスの影響を与える可能性があることから、基本的には望ましくありません。

 

では、ここで医療法人の収益状況をみてみましょう。令和4年度における医療法人の損益状況(※1)は、一般病院のうち65.6%、一般診療所のうち26.8%が赤字となっています。業績面で苦戦している医療法人が少なくないというのが現状です。

(※1) コロナ関係補助金を含まない。

赤字のクリニックが増えるなか、医療法人の「M&A」は増加基調

近年、医療業界におけるM&Aは増加基調にあります。これには開業医の高齢化と承継者の不在(※2)が大きく関係しますが、なかには業績不振や収益状況の悪化によるものも存在します。

 

ましてや、日本における医療法人全体の収益状況を考えれば、赤字の医療法人の譲渡案件に出会う確率は決して低くありません。したがって、M&Aを検討する際には、対象医療法人の現状をしっかりと見極める必要があるのです。

(※2) 開業医が一般的にリタイアを意識し始めるのが60歳であるが、現在開業の51.5%が60歳以上となり、このうち約半数が承継者不在問題を抱えている。

M&Aにおける「理想の医療法人」は黒字一択だが…

医療法人のM&Aを検討する際、譲受側の立場として、黒字の(=収益性の高い)医療法人を承継したいと思うのは当然のことでしょう。

 

なぜならば、M&Aの最大のメリットは、成長戦略における成長スピード(時間)を買うことにあるからです。黒字であれば承継後の業績見通しは立てやすく、自院グループの業績成長に寄与することは明白です。また、投資回収期間も短期間で済みます。まさに理想のM&Aというわけです。

 

その一方で、黒字の医療法人を買収することにはデメリットもあります。具体的には、譲渡価格が高騰する可能性が挙げられます。業績の順調な医療法人は誰もが欲しがるわけで、そこに市場の競争原理が加われば、思わぬ高値掴みとなり、投資コストの増大や投資回収期間の長期化に繋がります。

 

黒字の医療法人であっても、一定のデメリットは存在するのです。とはいえ、これがM&Aの理想であることには違いありません。

検討の価値あり…「赤字の医療法人」を承継するメリット・デメリット

では、「対象法人が赤字であれば、M&Aは検討しない」というのが正解なのでしょうか。答えはNOです。

 

前段において、黒字の医療法人の承継においてもメリット・デメリットの双方があると記述しましたが、当然赤字の医療法人の承継においても、メリット・デメリット双方が存在します。これらを享受できるかどうかが、判断の分かれ目となります。

 

赤字の医療法人を承継するメリット

①投資コストを抑えることができる

業績が芳しくないことから、その分、譲渡価格(バリュー)は低下します。一般的に、クリニックの譲渡価格は次の「年倍法」を用いて計算されるケースが多いです。

 

〈年倍法の計算式(※3)

時価純資産額(※4)+実態利益(※5)×平均2~3年分

 

(※3)年倍法……年買法ともいいます。

(※4)時価純資産額……貸借対照表(BS)の資産額から負債額を差引いた差額=純資産。これを時価ベース(現在価値)に置き換えて計算します。

(※5)実態利益……対象事業そのものが生み出す収益を指します。決算上の利益から、事業と関係のない損益や非経常的に発生する損益を除いて算出されます。たとえば、中小企業では役員報酬や保険料などで損益を調整することがあり、これらの影響は除く必要があります。

 

つまり、赤字の医療法人は過去の累積赤字により時価純資産が蓄積されていない場合があり、営業利益もマイナスのために実態利益も同時に低くなる。すると、総じて譲渡価格は少額となり、譲受側は投資コストを抑制できるというカラクリです。

 

例をあげると、過去の累積赤字が大きく時価純資産額がマイナス(債務超過)、直近赤字で実態利益もマイナスと、譲渡価格が計算できない場合もあります。

 

そのような場合は便宜上、譲渡価格1円という備忘価格をつけ、実質的に無料に近い形で売買を行うケースがあります。

 

②繰越欠損金の活用により税効果が期待できる

医療法人の赤字(欠損金)は、10年間の繰越控除ができます。「繰越欠損金」とは過去の決算で累積された赤字のことで、医療法人は過去10年間に遡り、その後の利益と相殺できます。

 

したがって、承継後に黒字転換をした際に、過去の累積赤字に応じて法人税が減額されます。

 

赤字の医療法人を承継するデメリット

①負債を引き継ぐ可能性がある

赤字ということは、資金繰りを穴埋めする目的で多額の有利子負債を抱えている可能性があります。前段で譲渡価格1円での譲渡事例について記述しましたが、この前提条件は「実質無料で譲渡する代わりに、既存の有利子負債を引継ぐこと」です。

 

譲渡側としては譲渡対価が得られなかったとしても、キャッシュアウトが止められるならば、十分に意味のある譲渡になるのです。

 

②業績改善が必須

当然ながら、譲受後に業績改善を図ることができなければ、成長戦略どころかグループ業績の下押し圧力となります。

経営手腕に自信があれば「赤字の医療法人」は“お買い得”

今回は、赤字医療法人のM&Aについて述べました。譲受側として業績改善に自信があるならば、実はこれほど“お買い得な買い物(投資)”はありません。

 

譲受後に業績改善が可能かどうか、そのうえで自院グループとのシナジー効果が期待できるかどうか、ここが赤字医療法人を譲受するかどうかのポイントです。それらに答えが見いだせるならば、投資妙味の感じられるM&Aとなるのは確実です。

 

とはいえ、その検証は一般的に黒字の医療法人を譲受するよりも難易度は高いといえます。ぜひとも実際にM&Aを経験した医療法人や専門家などの意見も参考にしつつ、じっくり検討されることをおすすめします。

 

 

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著者:田畑 伸朗

【株式会社船井総合研究所】フィナンシャルアドバイザリー支援部

 

<参考資料>
・厚生労働省 医療法人数の推移(令和5年3月31日現在)
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001113934.pdf

・日本医師会 第24回医療経済実態調査報告-令和5年度実施-について
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001173710.pdf