カスハラとは?
「カスハラ」という言葉は、できてからまだ日が浅いこともあり、セクハラ・パワハラとは異なり、法律上の定義はまだされていません(医療機関に対し、患者やその家族が行う迷惑行為を「ペイシェント・ハラスメント」と呼ぶこともありますが、本記事ではとくに分別しません)。
厚生労働省が作成したマニュアルのなかでは、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業関係が害されるもの」※と説明されています。
※引用:厚生労働省作成「カスタマー・ハラスメント対策企業マニュアル」
医療機関においての典型的なカスハラの類型としては、
●職員に対する暴言・脅迫のような威圧的言動
●職員や備品に対しての有形力の行使、暴行
●治療費の不払いといった経済的圧力
●インターネット上でのネガティブな書き込み、迷惑電話等の業務妨害
といったものがあげられます。
いずれも、職場の混乱によるほかの患者様へのマイナスイメージの付与、営業への悪影響、職員らに対するケアの対応など、さまざまな対処を求められますが、失敗すればさらなる問題へと発展することも多く、簡単ではありません。
カスハラの難しさとは
カスハラにおいてとくにむずかしいのは、前述した通り、適切な対応ができないと、さらに問題が拡大してしまうという点です。そのなかでも、診療所の経営者がとくに注視すべきポイントを紹介します。
(1)営業上の不利益
待合室でほかの患者様がいるにもかかわらず、職員を大声で怒鳴りつけるクレーマーがいたとき、なにも対応策を講じずに多くの患者様にその様子を見られたとすると、どのような影響が考えられるでしょうか。
「厄介なクレーマーにあたってかわいそうだ」と感じる方もいれば、「なにか医療ミスをして怒っているのでは」と感じる方もいるかもしれません。また、感情的な言動を長時間聞いて、病状が悪化する方が現れる可能性もあります。
これらは、インターネット上の口コミやSNSでの書き込みによって、広く世の中に発信されるかもしれません。その場合、診療所のネガティブなイメージが世間に広まり、営業上大きなダメージとなるかもしれません。
クレーマーに対して適切な対応をしなかった場合も同様です。クレーマーが、インターネット上にネガティブな発信をする可能性もあり、このような場合にも、売上にダメージがあると考えられます。
(2)労務管理
さらに見落としてはならない視点として、職員へのケアがあげられます。これは、ハラスメントを受けている職員に対し、診療所としてなんらケアをせず、ただただ職員に我慢させるだけですませてしまっている場合に問題となります。
職員は、診療所がなにも対応もしてくれなかった、守ってくれなかったと感じ、職場への不満や診療所に対しての苦情の申し立て、果てには休職・退職問題に発展する可能性も秘めています。
カスハラから派生したこのような労務管理の問題は、近年とくに顕著であり、診療所はしっかりと対策をしなければ、「労働問題」という別の問題を抱えるリスクがあります。
カスハラが発生した場合の対応策
では、カスハラが発生した場合、正しく対応するにはどうすべきでしょうか? 対応策としては、
①院内の対応マニュアルを作成すること
②ハラスメント対応の方針を患者様にも伝えること
という2点の周知が大きな柱となります。
まず、①は、「…のような類型の事態が発生したら、…という対応をする」ということを決めておくことです。
先ほどの例でいうと、待合室で怒鳴りつけるクレーマーがいた場合、「待合室から個室に移動させ、座って話をしてもらう」「応対担当者とその上司、担当医の3名での対応を行う」というようにマニュアルを作成します。
それによって現場での混乱がなくなり、ほかの患者様への悪影響を防げるとともに、職員らの対応もスムーズに行うことができます。また、具体的な対応方法について、研修・セミナーの機会を設けるなどして、知見を持ってもらうことも重要です。
また、朝礼などの時間を使いクレーム応対のロールプレイングを実施することも大切です。マニュアルを把握できていても、いざクレームが発生した際に適切に応対できる職員は少ないです。ロールプレイングにより職員へ練習の場を設けることで、適切な応対が可能となり、二次クレームの防止に繋げることができます。
次の②は、診療所のホームページや院内の貼紙等で、ハラスメントへの対応を患者様に対して告知することが重要です。
このような対応策は、すでに行っている診療所も多いかと思います。
例として、「当院の職員に対し、…(暴言、性的な言動等)のような行動が見られた場合は、治療をお断りし、当院より退出していただきます。当院の指示が守られない場合、警察に連絡させていただきます。」のように、毅然と対応する旨を伝えることです。これによって、クレーマーに対する抑止力となります。
上記のような対応策は、どのような診療所であってもすぐに取り組めるものでありますが、他方で、カスハラの対応策は個別的な側面も強く、診療所によって取りうる方法は別々になりがちです。
また、このようなハラスメント対策は、一般的に、企業内部・診療所内部ですべての対応を行うのはむずかしいともいわれています。院内マニュアルの作成や研修セミナー、患者様への告知といった一般的な内容であっても、弁護士のような専門家の力を借りたうえでの対応策であれば、より実効的なものとなるでしょう。
専門家の力を借りつつ、各診療所にとって最適な対応策を講じ、クレーマーに屈しない環境作りを構築することが何より重要です。
寺田 健郎
弁護士 弁護士法人山村法律事務所