医療進歩が目覚ましい昨今ですが、いまだ日本人の死因第1位は悪性新生物(癌)です。癌に限らず、人間はいつ死ぬかわかりません。わかっていてもなかなか準備には踏み切れないものですが、自分の死後、財産が自分の望む人のもとへ確実にわたるよう、早めの準備が非常に重要です。本記事では古木さん(仮名)の事例とともに離婚と相続の問題について、行政書士の露木幸彦氏が解説します。
年収900万円・財産1億超の58歳会社員、“癌”に罹患…皮膚が剥がれ落ち、吐き気が止まらなくても、治療より先に15歳の愛娘のため「やりとげたかったこと」【行政書士が解説】
「3,800万円の財産分与」は不利な条件ではないといえるワケ
以下は結婚期間別の財産分与、慰謝料の合計の平均値です(平成10年の司法統計年報。「離婚 離縁事件実務マニュアル」ぎょうせい・東京弁護士会法友全期会家族法研究会・編から引用)。
《結婚期間別の財産分与、慰謝料の合計の平均値》
・1年未満 140万円
・1~5年 199万円
・5~10年 304万円
・10~15年 438万円
・15~20年 534万円
・20年以上 699万円
圭太さんの場合、結婚16年目なので平均は534万円です。
しかし、よくよく計算すると決して不利ではありません。もし、離婚せずに圭太さんが亡くなった場合、まだ妻にも相続権が残っています。圭太さんが遺言を残さなかった場合、妻の法定相続分(法律で決められた相続分)は2分の1(6,000万円)です。一方、「妻には1円も渡さない」という遺言を残した場合でも、妻には遺留分(どんな遺言を書いたとしても残る相続分)があり、今回の場合は4分の1(3,000万円)です。
しかし、離婚すれば妻は相続権を失います。今回、渡した3,800万円で最後です。残りの財産はすべて娘に残すことができます。つまり、妻にとっては死別より離婚のほうが不利なのですが、圭太さんは病気のことを明らかにしていなかったので、妻はまさか「死別」という選択肢があるなんて思ってもいなかったのでしょう。離婚と死別を比べられずに済みました。
10ヵ月の離婚調停のあいだに癌が悪化
このように離婚に至るまでは圭太さんの想定どおりに進んだのですが、想定外だったのは体調の悪化。このころの圭太さんは重度の皮膚障害(皮膚がむけるびらんが起こる)を発症し、吐き気が酷く、食事が喉を通らない様子。かなり顔色が悪く、やせ細っており、だいぶ弱っている印象で満身創痍でした。
なぜなら、病気の治療を後回しにしていたからです。急いで手術を受けるため、2週間の予定で入院。手術は無事に成功したのですが、術後は化学療法が待っていました。放射線や抗がん剤の治療は副作用が大きかったようです。
離婚から1年半、1本の電話が…
離婚から1年半。音沙汰がなかったのですが、突然、筆者の事務所に電話がかかってきました。
声の主は娘さん。「父が亡くなりました」と言うのです。圭太さんの手帳に筆者の名刺が挟まっており、これを見て電話をしてきたそう。癌の進行は早く、あっという間に全身に転移し、圭太さんの命を奪ったのです。
厚生労働省(2022年)の調べによると新しい抗がん剤など医療技術の進歩が目覚ましいにもかかわらず、相変わらず、死因の一位は癌です(死因全体のうちの25%。38万1,505人)。5年生存率は64%(2009~2011年にがんと診断された人)しかありません。娘さんを残して亡くなった圭太さんの無念を想像すると筆者も胸が痛みます。