駐車場内にて想定される人損事故
公益財団法人交通事故総合分析センターの交通事故統計によると、駐車場内での人対車両の事故は、全交通事故における人対車両の割合よりも多いと報告されています※。
※ 公益財団法人交通事故総合分析センター 令和元年版「法令違反別・昼夜別 道路種類別 全事故件数(第1当事者)」「事故類型別(詳細)・昼夜別 道路線形別 全事故件数」参照。
皆さんも限られたスペースにて歩道と車道の区別なく往来があること、カーブが多い構造や駐車中の自動車等によって死角が多いことという駐車場の特徴から、駐車場は人損事故の発生しやすい場所としてイメージしやすいのではないでしょうか。
その中でも特に、駐車場内における人損事故としてイメージしやすいものは、以下の3つのパターンが考えられます。
(1)車両同士の接触によって、運転者又は同乗者が傷害を負ったパターン
(2)車両と降車後又は乗車前の歩行者が接触をして傷害を負ったパターン
(3)歩行者が駐車場設備等と接触して傷害を負ったパターン
このような3つのパターンの場合、クリニックの経営者(又は土地の所有者)や駐車場の管理者が責任を負うことはあるのでしょうか。
管理者が責任を負う場合の基本的な考え方
加害者と被害者のみの問題に帰着するか、駐車場の管理者も責任を負うかどうかの分岐点については、先に挙げた物損の場合とほぼ同じと考えて差し支えないといえます。駐車場の状況や管理に問題がなく利用者の接触等によって事故が生じた場合は、管理者の責任が問われることはありません。
他方、駐車場の設備や管理に問題があり、それに起因して人損事故が生じた場合には、駐車場の管理者は民法717条1項によって責任を負う可能性があります。
参考:冷静に対応したい…クリニック駐車場内の事故・物損の場合
たとえば、車止めが正しい位置からズレていたことによって、自動車が適切な位置で駐車できず自動車同士が衝突し、車内の運転者が傷害を負った場合(前掲(1)のパターン)や、ポール等の備品の管理が不十分であり、駐車場内を歩行していた利用者が衝突し負傷した場合(前掲(3)のパターン)等は、非常にイメージしやすい例といえるでしょう。
前掲(2)のパターンは、事例によって変わりうる難しいパターンといえますが、例と挙げるとすれば、自動車にとって死角となる場所や、駐車場の構造上往来が多くなる場所について、歩行者が通行する動線が引かれており、事故の危険性が高かったにもかかわらず漫然と管理者が放置していた場合については、管理者が責任を負うパターンといえるでしょう。
事故が発生した場合の対応
では、クリニックの駐車場にて人身事故が発生した場合、管理者として行うべき正しい措置・対応とはどのようなものでしょうか。
当然ですが、事故直後に、クリニックの管理者が事故原因を特定し、責任を負うべきか判断することが求められるものではありません。まず行うべきは、通常の交通事故の当事者や目撃者になった場合となんら変わりません。
すなわち、第一には警察や救急車へ連絡を行い、状況を報告することです。また、人損の程度によっては、救命処置が必要になることもあるでしょう(この場合は、管理者等が医療従事者である可能性も考えられ、適切な処置がされる可能性も高まります)。
それらを行ったあとに、駐車場の管理者としての対応が求められます。すなわち、他の駐車場利用者に対する動線の確保や営業を継続するかどうかの判断、事故の野次馬に対する対策等です。無用に混乱を長引かせることは、今後のクリニック営業にとっても悪影響ですから、関係のない人から見えないようにする・駐車場利用の混乱を生じさせないための措置は不可欠です。
◆人損事故対応の難しさ
物損の場合、事故対応の難しさは「損害額が低額であること」でしたが、人損の場合は逆に「損害額が非常に高額になりうること」がその難しさであるといえます。
被害者が子どもであった場合や事故によって死亡又は重篤な後遺障害が残った場合は、数千万円~数億円に上る請求金額になることもあります。加えて、事故によって人が怪我をしたという結果の重大性から、警察が捜査をすることもあり、場合によっては刑事事件化する可能性もあります。紛争解決のコストを気にすることにはならないでしょうが、事業の根幹を揺らす損害になりうる額になる点に留意すべきです。
クリニックの経営者・駐車場の管理者として知っておくべきこと
では、上記のような複雑な問題に対応する必要がある場合、どのような対応をすべきでしょうか。
①適切な対策
まずは、物損の場合と同様に、「駐車場の適切な管理とメンテナンス」という対策が挙げられます。これは、仮に人損事故が生じたとしても、管理者としての責任が否定され、又は責任を負う額が抑えられることを目的としたものです。具体的には、
●車止めのような設備の点検、見通しの悪い箇所のチェック
●人の動線の確保や横断歩道の設置、目印となる看板等の設置
を行い、事故になるリスクそのものを下げる方法です。
具体的な対策方法は、クリニックの規模や地域等、駐車場の規模や患者数によっても変わるところが多いため、各駐車場に応じた適切な対策を行う必要があるでしょう。
②リスクマネジメントとしての知識取得
加えて、物損の場合にも当てはまることですが、駐車場の管理者として、どのような法的リスクがあるかを知っておくということも重要です。特に人損の場合は、物損とは異なる視点を持っておく必要があります。
物損と人損の違いや、それぞれの対応の難しさ等を学ぶことによって、日々の対策や店舗型保険の検討はより具体的かつ実効的なものとなるはずです。また、実際に事故が起こった際の対応方法も、駐車場の形状等によってケースバイケースなため、シミュレーション等を行うことによってより実効的になります。
これらは、日々のクリニック運営や駐車場の管理とは異なることから、意識的に知識を取得する必要があるでしょう。
後回しにしがちですが、事故が起こってからでは遅い対策。簡単に完了するものではないため、しっかりとした対策を心掛けてください。
寺田 健郎
弁護士 弁護士法人山村法律事務所