はじめに
開業を目指すドクターからしばしば寄せられる「開業に必要な自己資金はいくら必要か」「自己資金が貯まるまで開業は待ったほうがいいのか」という疑問については、絶対的な正解はない、というのが、一般的な回答だといえます。
しかし、医院の開業融資審査については、銀行の行風、融資担当者の熱意、診療圏の競合医院の状況、ドクターのスキルや人柄などがさまざまに絡み合ったうえでの判断となることから、ドクターごとの個別性がかなり強いと考えています。
したがって、開業なさるドクター全員のケースに該当するものではなく、あくまでも「そのような考え方があるのだな」という捉え方をして読み進めていただきたいと思います。
十分な自己資金の目安とは
まず「十分な自己資金の目安」ですが、クリニック開業に必要な総額の2割程度の自己資金があれば、残りの8割は銀行の融資を受けやすいと思います。
つまり、総投資額(=設備資金+運転資金)が1億円であるとすれば、2,000万円程度の自己資金が準備できれば、残りの8,000万円の銀行融資を受けることは比較的簡単だということです。
ちなみにここでいう自己資金は、必ずしもドクター自らがコツコツ貯めたお金である必要はなく、親族などの身内の方から借りたお金でも、銀行は「自己資金」と判断してくれます。
したがって、総額1億円の場合、仮にドクター自ら貯めたお金が100万円だったとしても、親族から残りの1,900万円を借りることができれば、自己資金は20%の2,000万円(=100万円+1,900万円)準備できたということになります。
十分な自己資金が準備できた場合
銀行との交渉次第ですが、自己資金はなるべく使わないようにし、開業資金はできるだけ銀行融資で賄うようにしましょう。もし多めに借入れができそうであれば、なるべく多めに借りましょう。もし開業時の集患に苦戦し、資金がショートしそうになった最悪の場合に自己資金を使ったほうがいいと筆者は考えています。
【参考】預金残高の考え方
イメージとして預金の残高は、飛行機を操縦する際の飛行高度だと思ってください。つまり1,000万円の預金残高があれば高度1,000mの上空を飛行しているイメージです。預金残高が100万円であれば高度100mで地上スレスレを飛行していることになります。平常心を保つことは困難です。結果的に墜落しなかったとしても、途中いつ墜落するかドキドキしながら飛行機を操縦しなければなりません。ですから、可能な限り高い高度(高い預金残高)で飛行(医院経営)してください。
◆よくある質問
いままでの経験上、よくある質問をまとめました。ぜひ参考にしてください。
Q1 開業時の銀行融資は必要最低限で借りておき、資金が足りなくなったら追加融資を受けたらいいのではないですか? 余分なお金を借りると金利がもったいないように思います。
A1 残念ながら、銀行は資金繰りが苦しい医院にはお金は貸してくれません。銀行もビジネスとして融資をしています。よくよく考えればわかることですが、預金者から大事なお金を預かっているのに、預金者から預かったお金をわざわざ資金繰りが悪く倒産しそうになっている医院に貸すはずがないのです。したがって、資金がショートしかけた医院への追加融資は、(絶対に無理とまでは言い切れませんが)極めて難しいと考えてください。
Q2 資金繰りが悪くなったとき、院長はどのような状態に陥るのですか?
A2 筆者の経験でいいますと、資金繰りが悪くなったときの院長先生は、
●気分が滅入り、平常心が保てなくなる
●イライラしてスタッフや取引先、ご家族に厳しく当たる
●お金がないので過剰診療をせざるを得なくなる
●過剰診療によりレセプト単価が上がるので、厚生局からの個別指導に怯える
●最悪の場合、閉院しなければなくなる
といったように、院長先生のみならず、スタッフ、取引先、ご家族、患者様などの周囲の人を不幸にしていきます。資金繰り不安の精神的・肉体的なダメージは想像以上に大きいのです。患者様に対して、まともな医療ができなくなります。開業後、体調を崩したり病気を患って入院したりすることになるドクターも珍しくありません。
自分のお金であろうと親族のお金であろうと、銀行から借りたお金であろうと、お金はお金です。まずは可能な限りの多くの資金を準備して開業に臨んでください。
十分な自己資金が準備できない場合
さて、ここからが本題です。
仮に身内にいくらか借りることができたとしても、実際に2,000万円を準備することは難しいと思いますし、開業前に2,000万円の自己資金を準備できる方は少ないように思います。
筆者の肌感覚でいいますと、少額(200万円~500万円程度)の自己資金しか準備できず、開業資金のほとんどを銀行融資で賄う方もおられます。極端な例ですが、自己資金0円で開業されたドクターも複数人おられました。
それではなぜ0円でも開業できるドクターがいらっしゃるのでしょうか? それを銀行の融資担当者の目線を踏まえて考えていきたいと思います。
自己資金0円で開業できたケース
まずは、銀行が開業を希望するドクターに対して、どのような基本的な融資スタンスをとっているかについて述べていきます。
◆銀行の基本的融資スタンス
銀行にとって開業ドクターへの融資スタンスは「基本的には前向き」です。銀行は本音としては、できれば開業するドクターに融資したいと考えています。その理由は、ドクターは貸し倒れリスクが低い貸出先だからです。もし仮に医院経営が破綻して閉院した場合でも、勤務医に戻れば医師の年収は1,500~2,000万円程度あるため、貸したお金は返してもらえるだろうと考えているようです。
◆自己資金0円のドクターに対する第一印象
銀行は、できれば融資したいと考えているのですが、やはり自己資金0円ですと、
●実は開業を真面目に考えていないのではないか?
●極端な浪費癖があるのではないか?
●十分な収入があるはずなのに、お金の管理をできない人ではないか?
といった第一印象を持たれてしまうはずです。
◆それでも融資が可能なケース
まずは、「怪しいな?」という第一印象を持たれてしまうのですが、次のような理由があれば融資審査が通るようです。
①住宅を買った際、貯金の全額を頭金に入れてしまった。
→自己資金が0円である正当な理由がある
②競合医院が少なく集患が見込める
→事業採算性が極めて高い
③親族が資産家である
→いざというときは親族が払ってくれる
④ドクターが若い
→若いのでそもそもお金を貯める期間が短い。逆にいうと開業後にドクターとして働ける期間が長い。
上記の要件が様々に重なり合い、銀行に良心的に解釈してもらえると融資の審査は通りやすいように思います。
◆融資できないケース
以下のようなケースだと、銀行の融資審査は通りにくいと思います。
①開業の総投資額が大きすぎる
→過剰な内装、過剰な医療機器の購入は嫌がられます。
②競合医院が多く採算が見込めない
→ちなみに銀行独自で診療圏調査を行います。
③親族が資産家ではない
→強力な後ろ盾がないことから敬遠されます。
④ドクターが年配である
→開業後にドクターとして働ける期間が短い
上記の要件がさまざまに重なり合って融資を断られます。「なぜ融資が下りないのでしょうか?」としつこく尋ねてみても、「申し訳ありません…」と言われるのみで、理由は一切言ってもらえません。
まとめ
理想としては若いドクターで自己資金を十分に持っているほうがよいのでしょうが、現実ではそうはいかないのが現状です。
前述したとおり、年齢が若ければ自己資金が少ないところは不利な反面、今後医師として働ける期間が長いところは有利。ご年配であれば自己資金は潤沢にあることは有利な反面、今後医師として働ける期間が短い部分は不利など、どちらも一長一短です。
自己資金が0円であっても、銀行は開業ドクターへの融資に『基本的には前向き』なスタンスですから、決して門前払いはされないはずです。「絶対に開業したい!」というドクターの強い意思さえあれば、3つの銀行に申し込んだら、1行くらいは融資が通る可能性があります。
まずは医院開業に詳しい専門家に相談して意見を聞いてみてはいかがでしょうか?
この記事が、自己資金が少ないことにより、開業するかどうか迷われているドクターの参考になれば幸いです。
鶴田 幸之
メディカルサポート税理士法人 代表税理士