終の棲家の候補に挙げられる「老人ホーム」。入居の理由はさまざまありますが、その際悩むのが「いつ、入居すべきか」という点です。本記事では、老人ホーム事業を営む株式会社ハピネスランズの代表であり老後資金アドバイザーの伊藤敬子氏が、老人ホームへ入居する最適なタイミングについて、事例を交えて解説します。
胸が張り裂けそうです…年金月23万円、老老介護で限界の80代両親を「老人ホーム」へ入居させた50代長男の後悔 (※写真はイメージです/PIXTA)

「老人ホームに入ると認知症が進む」はウソ?

「認知症になったら仕方ないから老人ホームに入るしかない」

 

こういった考えの方は筆者の周りにも大変多いです。老人ホームや病院に入院すると認知症になりやすいという言説は広く信じられていますが、実際のところはどうなのでしょうか。

 

実は、その方に合った老人ホームなら、認知症状の進行を抑えられる場合が多々あるのです。家族からみて、入居前より認知症が改善したように感じるほどの効果が出るケースもあります。

 

老人ホームに入居すべきタイミングは、認知症初期のほんの短い1年ぐらいが最良であることをご存じでしょうか? まずは、老人ホームの入るタイミングを成功した例と失敗した例を挙げて紹介します。

入居例1:元気で「まだ早いかな?」という時期に入居したSさんのケース

まずは、年金月15万円で暮らすSさんのケースを見てみましょう。

 

骨折をきっかけに入院したSさんは急性期病院からリハビリ病院(老健)に移って1ヵ月半のあいだリハビリをしていました。Sさんの長女は、「今回の骨折を機に母を一人暮らしさせることが心配になった」とのことで、老人ホームを探すことに。

 

当時はコロナ禍だったため、老人ホームのリモート面談を行ったそうです。Sさんは、とても明るく朗らかな方で人と関わることが好きということで、ほかの入居者と関わりを密にできる小規模なホームを勧められ、入居を決断しました。

 

「認知症」は高齢が原因で起きやすいのですが、入院などといった環境の激変や刺激の少ない環境では、「せん妄(せんもう)」と呼ばれる状態になることが度々あります。

 

若い世代の方でも、引越ししたばかりで、通勤時につい電車を乗り間違えたり、反対の路線を走る車両に乗車してしまったりした経験はありませんか? あの「あれ、ここどこだっけ?」という感覚が、せん妄に近い状態だと考えられています。

 

Sさんは退院直後、大事な孫のことも誰だかわからず追い返してしまうような状態でした。しかし、ホーム入居後2ヵ月目には体力や認知機能をかなり取り戻し、再び孫の顔が認識できて一緒に食事に出られるほどに回復したそうです。

 

Sさんのケースは、老人ホームへ入居したタイミングがギリギリ間に合った例といえます。

 

簡易的な認知機能テストとして、一般の高齢者のなかから認知症の高齢者をスクリーニングすることを目的に用いられる「長谷川式認知症診断テスト」というものがあります。長谷川和夫名誉教授が1974年に考案した約10分から15分で終了するテストです。

 

このテストによると、30点満点中14~18点ぐらいの場合が、認知症抑制に最適な入居タイミングとされています。点数からは認知症という診断ですが、長谷川テストで10点の重度の認知症と判断される方でさえ、老人ホームの入所により、家族が「非常に元気になった」「落ち着いた」と喜ぶほど生活が安定する場合があります。