(※写真はイメージです/PIXTA)

クリニックの開業を決意し、実際に行動に移す場合、決して忘れてはならないのが「経営理念」の打ち立てです。これはいわば羅針盤のようなもので、この内容が、今後のビジョンのみならず、スタッフを率いていく上で大きな影響を及ぼします。本連載は、コスモス薬品Webサイトからの転載記事です。

開業の理由とクリニックの姿勢を表明する「経営理念」

クリニック開業の決心がついたらまずやっていただきたいのは、経営理念の熟考です。

 

 

他の医療機関に勤務している間にはさまざまな制約があります。やりたくても実現できず、もどかしい思いをされた医師の方も多いのではないでしょうか。

 

そのようななかで逡巡し、決心した結論が「開業」という挑戦になるわけですが、そこで経営理念について考え、打ち出していくことは、自己実現の1つの手段であり、院長自らの究極のサマリーになるものといえます。

 

筆者の例をあげますと、地域住民に密着した医師でありたい、という思いから、

 

●0歳から100歳まで、社会の最小単位である家族の主治医となる家庭医を目指す

●ゆりかごから墓場まで、変わりゆく人生の伴走者の1人でありたい

●身体のみならず心、そして家庭環境や社会環境、この3つの歯車をうまく回す

 

という経営理念を掲げています。

 

このように、短文かつ明確に一文で表現できるまでになるまで、思案を重ねて結論を出してみて下さい。

 

新規開業の決心から開院までには、相当な資金のみならず、開業の立地決定にはじまり、内装工事の業者選定、資金調達、スタッフ雇用と教育、行政への届け出、広告、内覧会の計画など、考えなくてはならないこと、決定すべきことが山積みとなり、患者の診療だけに注力していた勤務医時代とは、まったく異なる頭の使い方をすることになります。

 

これまでになかった経験への戸惑い、集患への不安のみならず、こなさなければならない膨大な作業に、途中で逃げ出したくなることもあるかもしれません。

 

クリニック開業は、心身ともに想像以上のエネルギーとモチベーションが必要となってくるものです。

 

そんなとき、自らの手で打ち立てた「経営理念」は、院長自身の指針となり、力となってくれることでしょう。

 

また、「自分がなぜ独立開業したのか?」と自問自答すること、開業した先輩・後輩や担当コンサルタントの事例を聞くこと、家族とのコミュニケーションをとることなどが、不安の払拭やモチベーションの向上につながります。そしてまた、地域社会に承認され、社会貢献を実現したいという思いも、やる気と勇気を奮い立たせてくれるでしょう。

 

これらを胸に、開業へと進んでいきましょう。

 

「高い理念」が開業によい影響をもたらす理由

理念・信念がしっかりと決まっているクリニックは、開業に関連する作業において、圧倒的に有利です。とくにスタッフを採用する際は、理念や信念が重要となってきます。

 

貴重なオープニングスタッフですから、院長としては、福利厚生や給料だけにメリットを見出すのではなく、苦労や喜びを分かち合い、一緒に成長を目指すような、志の高いスタッフを雇用したいと考えるでしょう。

 

院長の指揮監督のもと、地域住民に慕われ、自分も職場に愛着を持ち、みんなの相互作用で収益も上がるといった、ポジティブな連鎖をもたらしてくれるスタッフに来てもらうには、経営理念こそが重要です。

 

スタッフの募集時に経営理念が明確であれば、その院長の「ぜひとも来てほしい」というオーラや熱意に惹かれ、「このクリニックに賭けてみたい」といった熱い思いを持つ人が集まる傾向があります。

 

そしてまた経営理念は、開業場所の選定時や、医療機器の導入時にも重要となってきます。

 

経営理念が定まっていれば、ターゲットとする患者さんの層が明確になりますから、「駅に近い」「利便性のよい商業地域」「住人の多い住宅地の近く」「車でのアクセスがよい広域」など、開業として重要なファクターである立地条件もしぼれてきます。

 

そして、自分自身が選んだ地域・街に愛着を持てるようになり、より一層モチベーションも上がります。同時に、選んだ立地の生活様式に注目しながら、どのようなサービスをすれば来院する患者の役に立てるかが明確となり、患者側の視点から医療機器の選定イメージがつきやすくなります。

 

スタッフ・立地・医療機器の選定は、未知の海を渡る船の、帆やオールの選定と同じくらい重要です。そして経営理念は、そんな船を導く羅針盤となり得えるのです。

 

経営理念の骨子となる「4つの視点」

クリニックの経営理念を実現させるフレームに「PVMV」があります。これは、パーパス(P)、ビジョン(V)・ミッション(M)・バリュー(V)の頭文字をとったものです。

 

それぞれの内容を挙げると、

 

パーパス

クリニックを開業・経営する目的

ビジョン

クリニックが、3年後・5年後(When)に、どのような診療・領域(Where)でどのようになっていたいかの「未来予想図」

ミッション

クリニックが地域住民に対して何を(What)行うのか、その内容

バリュー

クリニックの価値観や行動基準(How)において重視すべき部分

 

となります。

 

これらは経営理念を考える上で重要なフレームとなるため、何度も自問自答を行い、院長なりの答えを導いてください。

 

例として、当院では以下のようなPVMVを掲げています。

 

パーパス

内科・小児科をはじめとして、家族のワンストップでの診療

ビジョン

1年後には1日80人、月1,000万円以上の安定した経営。同時に、職員の処遇改善・インセンティブ支給。

ミッション

待ち時間の短縮、患者の院内滞在時間の短縮

バリュー

ワークライフバランスを充実させ、職場の雰囲気をよく保ち、離職者を限りなく少なくする

 

これらはいずれも、院長の理想・理念から導かれます。結果として重視すべき点が明確化され、それをスタッフ全員で共有することで、クリニック全体のモチベーションを高く維持し、結果的にクオリティの向上、ひいては存続につながっていきます。

 

たとえば、勤務するスタッフからすると、給与や賞与、自宅から近いという現実的なモチベーションだけでなく、患者さんから感謝され慕われることも重要です。理念を共有し、常によい医療サービスを提供することができれば、患者さんからの感謝へとつながっていきます。

 

そして、職場に居場所があり、自分の役割が認められ、他のスタッフとの交流が仕事の糧になるといった環境づくりも、理念によって形成されます。

 

開業の相談を受けるなかで「〇〇クリニックの真似をして、理念を引用してもいいでしょうか?」という先生もいます。新型コロナウイルス蔓延などもあり、これまで以上に将来は不透明なものとなるなか、成功している誰かの真似をしたくなるのも理解できます。

 

しかし、独立を志した院長なら、それでも人の真似をすることなく、自ら動き、思考し、決定し、自身の力で成長しようとすることが大切です。クリニックの職場環境や受診患者数は、院長の方針・ビジョンが大きく影響するものだからです。

 

それらを踏まえたうえで、自身の方向性を明確にし、集患の方向性を定める「経営理念」に対し、院長自身の言葉で表現することが、開業準備の第一歩だといえるのです。

 

 

 

武井 智昭
株式会社TTコンサルティング  医師