幼児期は知識や知恵を生み出す種子を育む土壌を耕す時
「自然は人間の苗床」といわれているように、幼児の時から自然とのふれあいの機会を多くもたせることによって、子どものみずみずしい感受性や五官を刺激することが不可欠です。アメリカの海洋生物学者であり作家のレイチェル・カーソンは、子どもたちに生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー(神秘さや不思議さに目を見はる感性)」をもち続けさせることの重要性を指摘し、「子どもたちが出会う事実ひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒や豊かな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。」と述べています。
カーソンはさらにセンス・オブ・ワンダーは「やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたくしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する解毒剤」になるということも述べています。
子どもの自然体験の必要性の声の高まり
子どもから大人まで自然の豊かな恵みを享受する自然とのふれあいは、生態系の一部である人間が自然との共生への理解を深めていく基本的な行動といえます。しかし今、日本各地で身近な自然環境が消失し、人工環境が増えるにつれて、交通公害や水質汚濁、近隣騒音といったいわゆる都市生活型公害問題や地球環境問題が深刻化する「外なる自然」破壊が進んでいます。さらに、現代の日本では、人間が本来もっている感受性や五感の劣化、さらに人間関係や対人関係のつまづきによるいじめ問題の拡大、孤独への不安など、「内なる自然」破壊が起きてきているといえます。
例えば、近年の子どもに共通する性格傾向として、いじめの現場を見ていても何も出来ずに同調していじめ側に回ってしまう、自己中心的、パニックに陥りやすい、粗暴であるなどが指摘されています。この背景には、自律神経の調整の乱れや大脳の活動水準の低下など、子どもの発達に多くの疑問が寄せられています。
実際、大学で長く教員を続けてきていますと、若い方たちの常に緊張した身体や自律神経調整の不全による体調管理のまずさなどを実感します。こうした現状の要因のひとつとして子どもの自然体験や生活体験が不足しているのではないか、また、現代の子どもにはもっと多くの多様な自然体験が必要ではないか、という声が高まってきています。
一方、地球環境問題による異常気象や身近な自然の変化などにより、「人と自然」の関係性を再構築しなければならないという声も高まってきています。しかし現代の子どもたちは、「自然への感受性」や「自然の変化に気づき、共感する力」も劣化しているといえ、単に環境教育を行うことで、地球規模の環境問題を克服するレベルをではもはやありません。
「体験の力」が伸ばすもの
子どもは「遊び」を通してさまざまなことを学んでいきます。さらに昔から「寝る子はよく育つ」と言われてきました。最近の脳科学の研究では、睡眠時に成長ホルモンが分泌することも明らかです。乳幼児期に母親と過ごして愛情を注がれる、あるいは友だちと群れて遊ぶことによりコミュニケーション能力や人との関係によるストレスを回避することを学び、癒しの基本であるセロトニンという脳の分泌機能が高まります。そこで子どもの脳の感受性期の高い幼児期から10歳頃までに自然に触れさせる体験を多く積ませておくこと求められています。
国立青少年教育振興機構では、自然体験を通して得られる自尊感情、共生感、意欲・関心、規範意識、人間関係能などを「体験の力」として調査すると、幼少期から中学生期までの体験が多い高校生ほど思いやり、やる気、人間関係能力等の資質・能力が高い、という結果を得ています*。さらに小学校低学年までは友だちや動植物とのかかわりの体験が、小学校高学年から中学生までは地域活動、家族行事、家事手伝い、自然体験等の体験が「体験の力」を高い、という結果を得ています。
また「豊かな自然体験」はことばを豊かにし、想像力を高めていきます。私の経験でも体験の豊かな子どもの文章は生き生きとした表現力で、語彙も豊富で、コミュニケーション能力が高いといえます。一方、体験の貧弱な子どもの表現は抽象的で訴える力が弱い傾向にあります。豊かな言語能力は、自分の気持ちを他者に伝えたり、人の気持ちを想像する力になります。
*「子どもの体験活動の実態に関する調査研究」(2010年10月)より
自然体験は「サプリメント」として与えられない
幼児期から草花や小さな生き物に触れるという自然体験は本来人間がもっている五感(官)を刺激し、好奇心をはぐくみ、感動を知り、豊かな感受性の発達をうながす基本的な要素です。生きものと直接触れるなどの自然とのかかわることにより子どもたちはさまざまなインスピレーションを感じていきます。
「イマジネーションの生態学-子供時代における自然との詩的共感」の著者イディス・コップは、子ども時代の自然体験の中で受けるの驚嘆は、「エコロジカルな環境のつながりを言葉の上ではなく、イメージとして身体的に獲得」していくと指摘しています。そうした基盤により自然の変化や状況を読み取る力をつけ、その上に生活体験や社会体験を積み重ねていくことにより、自然界のさまざまな現象に対する興味・関心を喚起させ、「なぜ」「どうして」という疑問や想像力を働かせて、創造性を発揮していくといえます。
例えば、私はこの10年近く某新聞社が主催する自然観察科学論文の審査を行っていますが、十分に「自然観察」している小・中学生が不思議を発見し、探究し、大学生を超える論文をまとめてきます。
ところが近代社会は「土壌を耕す」こと、すなわち子どもたちに感動や時間の流れを感じとる心の働き、生命のつながりの中で生きていることを「体験」することの重要性を無視し、想像力や創造性の基盤としての豊かな感受性を育むことを捨てさせてきたといえます。
子どもにとって「自然にふれる」ということは、“サプリメント”として短期的に自然体験をさせることではなく、子どもの「内なる自然」を豊かにする出会いがあり、太陽、水、土、泥、緑などにふれることや、小さな昆虫の命に自分の命を重ねたりして、多種多様な生命とのつながりを実感していくことなのです。
(小澤紀美子/東京学芸大学名誉教授)
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