人と自然の共生を目指す新たな世界目標
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2年以上延期された生物多様性条約締約国会議(CBD-COP15)が、ようやく昨年12月にカナダ・モントリオールで開催されました。延期されていた間に、2010年愛知県名古屋市で開かれたCOP10で決まった生物多様性のための世界目標・愛知目標の達成状況が「進展はあったものの全目標は未達」との評価書が出され、このままでは100万種もの生物が絶滅すると警告する科学レポートが数千人の科学者の関与する形でまとまりました。
COP15には、前回COP14の3倍以上の参加者があり、日本からもNGO、企業・金融機関、自治体、ユースが参加し、活動アピールや、情報収集など積極的に行いました。NGOはもちろん、自治体や企業、金融機関も、意欲的な生物多様性保全の目標を求める働きかけを強める中、最後は環境大臣級の協議が行われ「昆明―モントリオール生物多様性世界枠組み」(以下、GBF)がまとまりました。
GBFの2050年の将来像(ビジョン)は「人と自然の共生」を目指すことです。2050年のゴールを、①保全、②持続可能な利用、③利益配分、④実施のための資金や手法の4つの視点で具体化しています。人と自然の共生社会に至るための2030年までの私たちの使命(ミッション)は「2030年までに、人と地球のために、自然の損失を止め反転させ、自然を回復の道筋にのせる」という「ネイチャーポジティブ」の実現と定められました。それを実現するための世界目標(ターゲット)が、23あります。
愛知目標達成の取り組みの中で得た教訓に基づいて、数値含めて意欲度の高い目標設定、目標達成のための新たな基金の創設、世界目標に基づく各国の生物多様性国家戦略の見直し時期などのスケジュール、目標達成を測る指標、途上国の実施能力向上のプランなど、GBFを世界全体で達成するための決めごとも数多くつくられました。
「あらゆる社会を通じた実現(Whole Society Approach)」という考え方や、「自然に根差した課題解決(Nature-based Solutions)」という自然を守りつつ同時に防災減災、地域振興、気候変動緩和など他のSDGs達成に寄与するという考え方も注目されています。
注目1:生物多様性損失最大要因への対策
IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム)の世界評価報告書によると、生物多様性の損失の最大要因は、陸・海の改変・利用です。これに対して5つの連動する世界目標が設定されました。
図1は日本の陸域を想定した概念図です。左は、保護地域(日本は20%と報告)以外は、自然生態系の質・面積両面で劣化し、農林水産業が営まれる管理エリアや都市において生物多様性の損失が続いている現状を示します。この状況を改善させるべく23の目標の内5つが土地利用に関する目標となっています。
国立公園などの自然保護地域や、自然共生サイト(OECM)については、少なくとも陸域・海域それぞれ30%にする(30by30)目標も合意されました。農薬や過剰肥料、生物多様性を考えない農地整備など生物多様性損失要因であった管理エリアの持続性を高めること、都市における生物多様性配慮をした緑地や水のある空間(Green/blue Space)の増加も進められます。
注目2:企業と金融による開示の推進
COP10のときと比べて具体的でかつ意欲的な目標設定が、企業や金融の世界に設定されました。世界目標15では、大企業や金融機関が事業やバリューチェーン(原材料調達先など)、ポートフォリオ(投融資先)上の生物多様性への影響や依存度、リスクや、ビジネス機会の開示をするための各種措置を取ることや、消費者に生物多様性関連の情報提供を行うことを目指しています。この情報開示については、世界共通の枠組み(生物多様性関連情報開示タスクフォース:TNFD)が作られつつあり、大企業中心に、ネイチャーポジティブに向けた行動や情報開示が急速に進んでいます。
注目3:先住民地域共同体、女性やユースの参画
GBFの交渉プロセスでは、政府だけでなく、先住民地域共同体、女性、ユースの参画が目立ちました。上記の省略版の目標では表現しきれていませんが、目標決定だけでなく、各国での計画や政策決定、その実施に至るまで、多様な世代、多様な立場を超えて、それぞれの権利を尊重し合いながら、協力していくことの重要性が、世界目標22や23に限らず、そこかしこに言葉が散りばめられています。国(行政)に実施を頼るのではなく、あらゆる声を反映させた目標達成が重視されています。
ネイチャーポジティブを日本でも進めていくために
GBFの合意までに足掛け4年の歳月を費やしました。過去10年の反省、教訓に基づく「これからのアイデア」を盛り込んだGBFを、日本自然保護協会は、国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)事務局としても追い続け、日本の関係者に発信を続けてきました。その経験から2つの指針で、これからの社会に訴えていく必要があると考えています。
1. 「変革」としてのネイチャーポジティブ
キャッチコピーのように急に現れた「ネイチャーポジティブ」という言葉ですが、もともとは、人と自然のために社会をどう変革するかという言葉を探る中で生まれたものでした。これまで、経済的な欲求から環境影響は「少なくすればよい」という行動があらゆる場面で積み重なって今の自然の損失につながっています。これからは、マイナスをゼロに近づけるだけではなく「プラス」を生み出す時代です。
法律を例にとっても、自然保護に関する法律ですら、プラスを生み出す意思を持って運用されているものはわずかではないでしょうか。
英国では、環境影響評価を通じて、事業者に、事業後プラスとなるような措置を取るよう定める環境影響評価法の改正が行われ、その運用が検討されています。日本の法律、社会や経済の仕組み含めてプラスを追求するという思いに立って自然保護運動を展開することを意識する必要があります。
2.お金、技術、人 どう拡大する?
COP15では、「自然資源を浪費している先進国は、自然資源を提供している途上国をもっと支援するべきだ」という言い回しが何度もされました。
GBFの交渉の中でも、意欲的な目標設定とその達成には、意欲的な資金・技術・能力が、保全が必要な自然豊かな地に提供され、その水準を高めていく必要があるという議論がありました(生物多様性条約では、「資源動員」というキーワードで表現)。
日本国内においても、政府や民間の資金や技術をどう高め、地域の現場で展開していくかという工夫を含めて、GBFの国内実現ということを考えることが大事です。篤志家や財団と地域の保全現場との間に立つNGOが事業をデザインすることで、より大きな資金の流れをつくるパイプラインとなる取り組みが、日本でも参考になりそうです。
今後は、日本各地で、自然を回復の道筋に乗せるための行動に意欲的な人々が先陣を切ってネイチャーポジティブ宣言のようなものを進めていくことになるでしょう。一方で、ネットゼロ(CO2排出ゼロ宣言)のように、中には宣言だけで行動につながっていない事例があることからも分かる通り、言葉だけの「ネイチャーポジティブ宣言」には注意する必要があります。
私たちの自然保護活動含めて、思い切ってゼロではなくプラスへと舵を切り、自然が持つ再生の力を後押しする社会にしていくこと、本当の意味で人と自然のためのネイチャーポジティブとはどうあるべきかを、 日本自然保護協会に関わる皆さんと共に、実例づくりと政策への展開を進めていきたいと考えています。
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今回ご紹介したテーマをはじめ日本自然保護協会の活動のすべてが、多くの方からのご寄付に支えられています。
個人からの保護プロジェクトへのご寄付や、SDGsやESG投資に積極的な企業からの協賛寄付のほか、相続に向けた「遺贈寄付」「相続財産寄付」でご支援をいただく方もいらっしゃいます。
大切な資産をどのように未来へつなげていくかは、それぞれ想いやご事情が異なり、必要な手続きもさまざまです。日本自然保護協会では、法務・税務・終活などの専門家と連携し、丁寧かつ慎重にご相談を重ね、ご寄付を最適な形で実現するためのサポートを行っています。
なお、日本自然保護協会への遺贈・相続財産寄付は、期限内の申告で非課税となります。また、所得税・法人税の税制優遇の対象です。土地建物や有価証券のままでのご寄付や、包括遺贈、相続人不存在への予備的遺言もご相談を承ります。