ある小学生の子どもをもつ母の悩み「周りのお子さんがスポーツクラブや塾などで毎日忙しくしている様子をみると、遊ばせてばかりいては運動や勉強に遅れをとってしまうのではないか心配です」。東京学芸大学名誉教授、小澤紀美子氏の回答です。

遊びは脳や身体の発達の土台づくりの基本

ご近所に少し大きめの公園があり、午前中はお母さんと乳幼児期のお子さんが遊び、午後のある時間帯になると学校を終えた子どもたちが思い思いの遊びをしています。群れて遊ぶ子もいれば、野球のバットを振り回したり、サッカーボールを数人の男の子達が足で裁いていたり、少し疲れ気味の女の子達は柵に寄りかかりながらおしゃべりに夢中。そうした子どもたちの遊びを見ながら小学校4年生のお子さんを持つお母さんとおしゃべりをしていたときの話。「今の若いお母さんはご自分が小さい時に遊んでいない」ので子どもをどのように遊ばせて良いのか分からないのでは、といいます。

 

外遊びをするより机に向かって勉強することや学習塾と同じようにスポーツ系の塾に行かせる傾向にある、といいます。自分が遊んでいないと、どのように遊ばせれば良いのかがわからない、子ども同士の喧嘩にどれくらい介入すればいいのかがわからないから、公園について行くのは嫌という若い親御さんもいるようです。

 

親はともすると教育的なことには、熱心に取り組みますが、遊ぶことによる身体の発育には無頓着な傾向にあります。高齢期になると手すりにつかまらないと階段を上がれない、足腰が痛いなどの運動器症候群(ロコモティブシンドローム)が増えてきますが、そうした症候群の予備軍が子どもたちにも表れてきているといいます*1。かかとをつけてしゃがめない、腕がまっすぐ上がらない、骨盤が硬くて前にかがめないといった子どもの運動器の異常を指摘する声が多くなり、文部科学省も抜本的な対策に手を付けはじめています。

 

*1:NHK「クローズアップ現代」2014.4.23放送

 

子どもの遊びには名前が付いていたりします。例えば、「みたて・つもり遊び」は何かになったつもりで遊んだり、代用品を本物に見立てたりして遊ぶことですし、「ごっこ遊び」はままごとに代表されるように生活の中で体験したことを再現して○○ごっこを楽しむのです。また構成遊びは自分で工夫したり、組み立てたりして遊びます。でも大事な遊びは自然の中での「名もない遊び」で身体全身を使って遊ぶことです。

 

身体の発達には順次性があり、遊びは脳や身体の発達の土台づくりの基本といえます。スポーツでは鍛えることの出来ないしなやかな身体の動かし方の獲得や、子ども同士が「群れ」て遊び、互いに刺激し合うことで脳のホルモン分泌が促進されるのですが、こうした力はスポーツ塾や学習塾では期待できません。自然の中で遊ぶことによる子どもの「遊び」の効用をいくつか紹介していきたいと思います。

自然の中の遊びは、身体の運動能力や敏捷性を鍛える

子どもが自然の中で、身体を動かすことはスポーツとは異なる体の動かし方をするので、学校の体育や特定のスポーツでは鍛えられない身体の運動能力や敏捷性の獲得につながります。例えば、森の中で斜面を登る遊びは背筋や腹筋を使うことになり、背骨や骨格の成長の促進につながります。また川や海辺で岩を上ったり、石の上を飛び跳ねて遊ぶことにより敏捷性や身体のバランス感覚を養うことになります。よく若い方が電車で床に座ったり、足を投げ出して座ったりしている光景をみますが、身体全体の骨格のバランスや背筋力が十分に育っていないからといえます。

 

一方、子どもは 小さな怪我をたくさんすることで、大きな怪我を避けることができるように身体能力を獲得していきます。さらに、ちょっと危険なことにチャレンジすることで恐怖心にも打ち勝つことで自立心を身に付け、さらに危機察知や危機回避をする、いわば“第六感”も、遊びによって鍛えられるのです。

 

ですから子育て期においては、お子さんを多いに外遊びをさせてください。また自然の中で遊ぶことによって自然の変化、例えば緑の色も日々変化に気がつくし、木々の葉のつくりや葉脈のカタチも木の種類によって異なることを発見したり、そのことを親子や友だちと話ししたり、共有することで言語の獲得にもつながり、子どものボキャブラリーを増やしていくことになります。もちろん図鑑で調べることで子どもの生活世界は深まり、広がっていきます。

遊びは社会性を育む

自然の中で子どもはおもちゃに代わる棒きれや石ころを見つけては遊具としてうまく利用しながら遊んでいます。海辺で海草の固まりを見つけるとボール打ちの真似をしたり、それを見つけて興味をもった小さい子どもが黙ってとりあげたりすると、大きい子どもが小さい子どもに順番にやろうと持ちかけたりしています。こうした遊びを通して子どもは社会性を獲得していくのです。さらに子どもは群れて遊ぶプロセスを通して自分たちでルールを決めて遊びに工夫をこらし、小さな社会をつくって遊んでいるといえます。

 

国立青少年教育振興機構の調査によりますと、現代の子どもは夜空いっぱいに輝く星をゆっくり見る、太陽が昇る・沈むところを見たことがない、海や川で泳いだことがない、チョウやトンボ等昆虫を捕まえたことがないと指摘されています。

 

自然の不思議さや大きさを感覚的にとられていくことも子どもの育ちには必要です。北欧やドイツで活発に取り組まれている「森の幼稚園」では毎日、自然の様子が変化する森の中で過ごしています。そうした幼稚園で過ごしている子どもは人工的な保育環境で育てられている子どもより、健康で、運動神経が発達していて集中力が育まれていると言われています*2

 

*2:岡部翠「幼児のための環境教育-スウェーデンからの贈りもの『森のムッレ教室』新評論

遊ぶ時間こそ意欲的な心を育む

現代の子どもは塾や習い事などで忙しく、親が子どもの生活時間を管理しがちで、遊び時間を生み出すことが難しくなってきています。「遊び」は「まねる」ことから始まります。大人のやっていることを、他の子どもがやっていることをまねながら、またみんなと遊ぶことで「快楽」のホルモンを分泌して楽しくなり、自分で工夫していく能力を獲得します。それは「意欲の醸成」につながるのです。

 

ある高校の先生の話では、現代の子どもはTVのコマーシャルとコマーシャルの間の15分くらいしか集中できないといいます。子どもの生活をすべて管理するのではなく、幼児期から集中してものごとを進める時間を少しずつ増やしていき、かつ、意欲をもつ子どもには好きなことを集中してさせるようにします。

 

もちろん遊んで、食べて、排泄し、よく眠ること。そうすれば集中力も増していきます。子どもの時間は全てつながっているので、細切れにならないよう親も共に遊び、楽しむ姿勢をもつことが不可欠です。

 

「遊びは子どもの権利」と国連子どもの権利委員会では述べています。子どもは遊び、休息し、余暇を楽しむことにより、自己の豊かな創造性のある生活世界を拓いていく能力を獲得できるのです。その「遊び」の効用を認め、子どもの自己実現を支援していくのが大人の役割と考えます。

 

(小澤紀美子/東京学芸大学名誉教授)

 

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