この記事の登場人物
<プロフィール>
●小林さん:元国税専門官、フリーランスライター。都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において、相続税の調査や所得税の確定申告対応、不服審査業務等に従事していた。お金のプロ。
●梅田さん:社会人6年目を迎える28歳・会社員。「お金のことが全然わからない」ことに危機感を抱き、プロに洗いざらい聞くことを決めた「お金の素人」。
会社員でも「確定申告すべき」3つのケース
小林さん:お勤めの人が確定申告を行うべきパターンは、次の3つのケースに大別できます。
①「税金をプラスで納める必要があるから、確定申告を行わないといけない」ケース
②「支払うべき税金が安くなる、つまり還付金をもらえるから確定申告を行ったほうがお得」なケース
③「納税額も還付金もないが確定申告をすべき」ケース
梅田さん:①「税金をプラスで納める必要があるから、確定申告を行わないといけない」というのは、副業で本業にプラスして稼いだから確定申告をする、とかですか?
小林さん:まさにその通り! 「家を売って利益が出た」とか「本を出して印税を受け取った」といったケースの所得も含まれます。ただし、これは副業で稼いだ額が20万円を超えた場合の話。「追加の収入があっても確定申告しなくていい」というパターンもあります。
梅田さん:そのパターンを教えてください!
小林さん:「給料を1ヵ所から受け取っている」かつ「給与所得・退職所得を除く各種の所得金額が20万円以下」の場合です。平たく言うと、「1つの会社に勤める会社員で、副業収入が20万円以下」の人は確定申告の必要なしということですね。
「医療費が10万円超」なら、所得税を安くするチャンス
梅田さん:では②「支払うべき税金が安くなるから、確定申告をしたほうがお得」なケースとは?
小林さん:たとえば「年末調整で手続きできない所得控除があるとき」ですね。一例は「医療費控除」。「医療費控除」とは所得控除のひとつで、一定額以上の医療費を年間で支払った場合に医療費控除を申告すると、納めた税金の一部が戻ってくる場合があります。ただし、自分で確定申告することが条件です。
梅田さん:それって、支払った医療費がそのまま戻ってくるってことですか?
小林さん:いいえ、「支払った医療費に応じて税金を計算し直す」という仕組みです。たとえば、梅田さんが病気やケガをして、医療費が1年間で総額20万円かかったとします。医療費控除の申告をしたからといって「そのまま20万円」が返ってきたり、所得から引かれたりするわけではありません。「『医療費の一部』を医療費控除として所得から差し引いて、納税額を減らしますよ」という仕組みです。
梅田さん:つまり、僕が病院で医療費を払うとその分税金が少なくなるけど、決してお金が満額戻ってくるわけではない…
小林さん:そうです。ちなみに医療費控除の申告は「世帯ごとの計算」になります。生計が同じなら同居は要件ではないため、一人暮らしをしている大学生のお子さんや単身赴任中の父親の分だって控除対象に含まれます。共働き世帯の場合は、収入がより多い人に一家の医療費を集めて申告するほうが通常はお得です。収入が多い人のほうが税率が高く、節税効果は高いですからね。
梅田さん:ぜひ申告したいですが、具体的にどれくらいの医療費を払ったときに使えるんですか?
小林さん:医療費控除の場合、「所得金額200万円」がボーダーラインとなります。所得金額が200万円未満の場合、医療費から「所得金額の5%」と保険金などによる補てんを引いた金額が医療費控除として認められます。一方、所得金額が200万円以上の場合、医療費から10万円と、同じく保険金などによる補てんを引いた金額が医療費控除として認められます。
梅田さん:うーん…具体的にどれくらいの節税になるのか、ちょっと計算していただいてもよいですか。
小林さん:そうですね、ちょっとわかりにくかったですね。たとえば、所得が400万円の人が1年間で15万円の医療費を支払ったなら、医療費控除は15万円-10万円=5万円ですよね。ここに税率を掛けると節税効果がわかります。所得税の税率は5〜45%なので、仮に20%なら、5万円×20%=1万円分の節税効果があるということですね。
梅田さん:思ったより少ない気がしますね…。ちなみに医療費って「インフルエンザの予防接種」とかも含まれるんですか? 若い人ってそんなに病気とかしないじゃないですか。
小林さん:いい質問ですね。医療費控除の対象になるかどうかは国税庁のホームページで確認していただきたいのですが、基本ルールは「治療を目的とした医療費」なら〇、「予防を目的とした医療費」なら×です。
梅田さん:治療は○で、予防は×…
小林さん:たとえば、病院で払った治療費はいいけれど予防接種はダメといった感じですね。ちなみに、所得が200万円以上の場合、医療費から10万円を引いた金額が医療費控除として認められるということは、医療費総額が少なくとも10万円を超えないと申請できない、ということになります。
梅田さん:医療費10万円は結構ハードル高いですね…。では、具体的に確定申告で医療費控除の申請をするときはどうすればいいんでしょう?
小林さん:確定申告のときに、病院や薬局の領収書やレシート類をもとに作成した「明細書」を提出し、確定申告書の医療費控除の欄に記入するだけです。以前は領収書やレシート類の原本を税務署に提出する必要があったのですが、平成29年分の確定申告からは提出しなくてもよくなりました。ただ、税務署から提出を求められることもあるので、5年間は保管しておかなくてはなりません。
梅田さん:…ちょっとめんどくさいですね。
小林さん:気持ちはわかります。確定申告の計算をした結果、還付金が出る、つまりお金が戻ってくるケースについては、申告を怠っても違法ではないので放っておくという判断をしても問題になることはありません。しかし、それでは戻るべき還付金が戻らず、本人が損するだけ。手間を省くか、たとえ少額であってもお金をとるか、個人の価値観で選択することになります。
確定申告すれば「自宅を売って得たお金」さえ非課税!?
梅田さん:最後の③「納税額も還付金もないが確定申告をすべき」ケースとは?
小林さん:確定申告すると特例によって税額がゼロになるケースがあるんですよ。
梅田さん:特例というと、たとえば?
小林さん:一般的なものだと、「居住用不動産を売却した場合の3千万円控除」というものがあります。これは、自宅やその敷地を売却した場合に控除を受けるための指定の書類を提出すると、売買で得た所得から最大3千万円引けるというものです。たとえば自宅を売って得た収入から購入額などを引いてなお2千万円残ったとしましょう。それでも3千万円以内ですから、ゼロとみなしてくれます。
梅田さん:2千万円がゼロに? これ、税額でいうとどれくらいがゼロになるんでしょう?
小林さん:そもそも家を売って利益が出たら、確定申告する必要があることは前述のとおり。不動産を売却したときにかかる税率は、所有期間が5年超であれば20.315%、5年未満なら39.63%です。2千万円にこの税率を掛けると、406万3000円または792万6000円が税額です。特例を使わないと、これだけの税金を負担しなくてはなりません。
梅田さん:たしかにそれだけの金額がゼロになるんだったら、したほうが絶対にいいですね。「家を売ったら確定申告する」と覚えておきます!
小林さん:また、家を売って逆に損したときも、確定申告するとその年の他の所得と合算して所得税や住民税を減らせる可能性があるので、あわせて覚えておくといいですよ。この相殺を「損益通算」といいます。
梅田さん:家を買ったら確定申告、家を売ってもとにかく確定申告…
医療費控除がなければ「ドラッグストア」領収書で節税
平成29年に、医療費控除の特例として「セルフメディケーション税制」がスタートしました。
従来からある医療費控除は、基本的に病院や薬局に支払った費用が対象ですが、セルフメディケーション税制については、ドラッグストアで市販されている特定の風邪薬や湿布などが対象に含まれます。
しかも、所得が年間200万円以上の人の場合、医療費控除は年間10万円を超えるような多額の支出がなければ利用できませんでしたが、セルフメディケーション税制については、年間1万2000円以上の支払いがあれば所得控除になるため、使い勝手においても優れています。
セルフメディケーション税制の対象となる医薬品は幅広いですが、もちろんすべての商品が対象になるわけではありません。パッケージに右上の識別マークがついている商品であれば、セルフメディケーション税制の対象です。
なお、医療費控除とセルフメディケーション税制は、どちらか一方を選択して使うことになります。もし、どちらも利用できる状況であれば、所得控除額としてどちらが大きいのかを比べて判断します。セルフメディケーション税制は、少ない支払い額でも利用できるメリットがある一方、控除の上限額が8万8000円であり、医療費控除の上限200万円と比べると低く設定されています。
したがって、「病院に多額の治療費を払ったときは医療費控除」「大きなケガや病気をせず、ドラッグストアだけで済んだ年はセルフメディケーション税制」というイメージを持っておくと、申告を考える際に便利です。
小林 義崇
フリーライター