電子記録債権による「リバース・ファクタリング」の可能性

近年の、いわゆる下請法関連の改正により、下請事業者の生産性改善と賃上げに向けて、親事業者側の協力が強く求められている。多くの場合、親事業者は支払サイトを短縮する必要があり、キャッシュフローの改善が欠かせない。そうした中、現金を回収するまでの日数である「キャッシュコンバージョンサイクル(CCC)」の重要性が注目されている。本連載では、財務戦略におけるCCCの重要性と改善のポイント等について、一橋大学大学院の野間幹晴准教授とTranzaxの小倉隆志社長が解説する。最終回のテーマは電子記録債権による「リバース・ファクタリングの可能性」についてである。

買掛金は「サプライヤーからの融資」のようなもの

Tranzax株式会社 代表取締役社長 
小倉隆志 氏
Tranzax株式会社 代表取締役社長 小倉隆志 氏

小倉 現在の超低金利を利用した新しい財務戦略のひとつが、リバース・ファクタリングです。当社では最近、次のような案件を手掛けました。年間売上高5000億円ほどの企業で、従来現金払いだった仕入れを3ヵ月の延べ払いに切り替えるのです。理由は、M&Aに備えて銀行からの借入金をいったん全額、返済するためです。

 

現金払いを3ヵ月分の買掛金に変更すると、その時点で3か月分のキャッシュが手元に生まれます。そのキャッシュで借入金を返済し、それから再度、買収資金の借入交渉を行おうというのです。

 

もちろん、現金払いをそのまま3か月の延べ払いにして下請事業者の負担を増やすと下請法上、問題があります。しかし、このスキームでは、買掛金をすべて電子記録債権として、一括ファクタリングによりもともとの支払い期日に全て現金化します。また、そのためにかかる金利などの手数料を全て親会社が負担して、下請事業者の追加負担をゼロにします。こうすれば、下請法の問題は生じません。公正取引委員会や中小企業庁にも確認済みです。

 

野間 下請のサプライヤーからすると、現金払いと変わりませんね。

 

小倉 はい。親会社にとっては3カ月分の買掛金の金利を負担することになりますが、いまのような超低金利の日本では大した額ではありません。また、一括ファクタリングにともなう金利は、銀行との交渉力がある親会社(バイヤー)が負担するので、サプライチェーン全体としてのコストが下がります。

 

野間 買掛金と借入金を同じようなものとして大雑把にとらえるのか、金融機関に対する交渉力という点で異なるものとしてとらえるのか。経営戦略上、大きな違いがあります。
買掛金というのは、サプライヤーからの融資のようなものです。買掛金としておいたほうが、銀行の融資枠は使っていないので、いざというとき銀行から借りやすいといえます。

 

小倉 リバース・ファクタリングは今後、もっと注目されるのではないでしょうか。金融機関にとっても、いったん借入金は返済されますが、M&Aなどで取引先の企業が成長すれば、長い目で見て取引が拡大し、メリットがあるはずです。

 

野間 トータルでサプライチェーンのコストは下がるわけで、サプライヤーとの長期関係をどう描くかに関連しますね。

 

「黒字倒産」を防ぐためにすべきこと

小倉 電子記録債権の事業化を検討していた10年くらい前、リーマンショックの直後ということもあり、ヨーロッパ企業ではリバース・ファクタリングが、銀行抜きで資金調達できる方法ということで流行りました。具体的には、バイヤーのクレジットを利用し、提携銀行とのファクタリングを安い割引でセットし、買掛期間を長くするというものです。
我々はそういうことをやっているベンダーのスキームを研究し、「サプライチェーン・ファイナンス」のベースをつくったという経緯があります。

 

一橋大学大学院 国際企業戦略研究科
准教授 野間幹晴 氏
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科
准教授 野間幹晴 氏

野間 確かに、リーマンショックのようなイベントが発生すると流動性が低下し、資金繰りが厳しくなります。そのとき、企業として何ができるか。おそらく、売掛金を売るか、買掛金の支払いを長くするかしかないでしょう。特に消費者向けのビジネスでは売掛金の売却は難しいので、買掛金の支払い繰り延べをしたということでしょう。

 

小倉 パナソニックは2013年に電子記録債権を導入した際に支払いを30日間延長しました。リバース・ファクタリングの先駈けともいうべきケースです。パナソニックは、この時に売掛金の売却とあわせておよそ1000億円のキャッシュを創出しました。日本では下請法があり、こうした支払期間の延長は難しいのですが、スキームの作り方とサプライヤーへのていねいな説明で取引先も受け入れたようです。

 

野間 最近では、東芝もサプライヤーに対する支払いサイトをグループ全体で伸ばしていたようです。実際、この間の東芝の仕入債務回転日数は徐々に長くなっていました。

 

小倉 黒字倒産の事例は意外に多いものです。黒字倒産というのは、バランスシートとキャッシュフローが分かっていないからです。CCCがマイナスなら黒字倒産はあり得ません。

 

野間 ベンチャー企業や中小企業は、CCCをコントロールして黒字倒産を防ぐことが極めて重要ですね。経営トップが販売の重要性は分かっていても、資金回収まで頭が回らないこともあるのではないでしょうか。だからこそ財務の分かるCFOが必要です。

 

小倉 とにかく、この日本の超低金利を活かさないといけないと思います。本来、これだけ金利が低いのは国際競争力のはず。日本企業だけの大きなメリットです。

 

野間 実は、ABインベブはSABミラーを買収することで、利益が大幅に低下しました。買収前のROEは17.9%でしたが、買収後には2.1%にまで低下しています。金利負担が膨大なためです。この事例からも、日本企業は資金調達の観点で極めて優位にあることがわかります。

 

小倉 いまの超低金利をうまく活かして世界で戦うべきです。キャッシュコンバージョンサイクル(CCC)の視点から、新しい財務戦略をぜひ野間先生にも提案していただきたいですね。当社も、電子記録債権のプラットフォームを使った新しい金融ソリューションの提案で貢献していきたいと考えています。

 

 

一橋大学大学院
国際企業戦略研究科 准教授

一橋大学商学部卒業、同大学大学院商学研究科修士課程修了。同大学院で博士後期課程修了(博士(商学)取得)。2002年横浜市立大学商学部専任講師、2003年同大学助教授。2004年10月、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授に就任し、2007年から現職。2010年から2011年まで、コロンビア大学ビジネススクール・フルブライド研究員。バンダイナムコホールディングス社外取締役。経済産業省企業報告ラボ座長。研究分野は財務会計、企業価値評価、企業変革。

著者紹介

Tranzax株式会社 代表取締役社長

一橋大学卒業後、野村證券に入社。金融法人部リレーションシップマネージャーとして、ストラクチャード・ファイナンス並びに大型案件の立案から実行まで手掛ける。主計部では経営計画を担当。経営改革プロジェクトを推進し、事業再構築にも取り組んだ。2004年4月にエフエム東京執行役員経営企画局長に。同年10月には放送と通信の融合に向けて、モバイルIT上場企業のジグノシステムを買収。2007年4月にはCSK-IS執行役員就任。福岡市のデジタル放送実証実験、電子記録債権に関する研究開発に取り組んだ。2009年に日本電子記録債権研究所(現Tranzax)を設立。

著者紹介

連載下請法改正! 親事業者の財務戦略を変える「キャッシュコンバージョンサイクル(CCC)」入門

取材・文/古井一匡 撮影/永井浩 ※本インタビューは、2017年12月18日に収録したものです。

企業のためのフィンテック入門

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小倉 隆志

幻冬舎メディアコンサルティング

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