・和久井健太(わくい・けんた)
京都にある洛中信用金庫に就職。入社三年目を迎え、北大路支店の営業部に配属されるも、引っ込み思案がわざわいして、苦戦。最近自分がこの仕事に向いているのか悩んでいる。
「あのね、こうしようじゃないの」
「はあ」
「その二千万をね、洛中信用金庫に移しちゃいましょう」
「え、なんで」
「それで、六千万借りちゃう」
なんだって! と和久井は思った。勝手なことを言われても困る。それともこの男、洛中信金(うち)のお偉方と知り合いなんだろうか。
「あの・・・」と和久井が口を挟もうとした時、
「借りられるの?六千万も?」と女主人が話を進めた。
「ああ、大丈夫だ。それで、その六千万でね、そうその六千万で――」
「ジャズクラブをオープン!」
女主人は思わず言った。
「その金でアパート建てましょうや」
オヤジは顔の前で手を振った。
「駄目」
「え、あかんの?」
「ああ、それは無理」
「なんで? 六千万もあったら、機材とか入れても、できるのちゃう?」
「金貸しは店舗物件は嫌がるんだよ」
このオヤジ、どうして知っているのだろう。
「その金でアパート建てましょうや」
うん、アパートなら話は別だ、と和久井は思った。
「京都は大学が多いから、学生ですぐいっぱいになるよ」
「ほんま?」
女主人は、なぜか和久井を見た。まだ学生っぽいからだろうか。
「ええ」なんて、和久井もうなずいてしまった。
「その金でまず将来の不安をなくして、それでもう一度ジャズを勉強して、日本のサラ・ボーンになるってのはどうかな」
「そんなことできんの?」
「うーん」
「なんや、でけへんこと言わんといて」
「サラ・ボーンになるところまでは、ちょっと……」
「ふん。ほな、アパート建てて、安定収入ってところまででええわ」
「それは大丈夫」
「ほんま?」
女主人の顔が明るくなってきた。
「ああ、保証するよ。それで、ここは大家と相談して転貸ししちゃいましょうや。場所は悪くないんだから、飲食業の借り手はありますよ、味さえまともなら」
「そんなにまずかったん?」
オヤジはうなずいた。
「さっさと家賃収入に切り替えてくださいな」
女主人は、ぽかんとした顔をしている。
「まさか、人のこと担いでるんとちゃうやろね」
「ご心配なさるな、こいつがちゃんとやりますよ」
いきなり肩を叩かれた。びっくりして、思わず和久井は男の顔を見た。