・和久井健太(わくい・けんた)
京都にある洛中信用金庫に就職。入社三年目を迎え、北大路支店の営業部に配属されるも、引っ込み思案がわざわいして、苦戦。最近自分がこの仕事に向いているのか悩んでいる。
・桜四十郎(さくら・しじゅうろう)
偶然入った喫茶店で出会った職業、住所、年齢ともに不定の謎の中年男性。なぜか金融関連の事情に詳しく、和久井にいろいろとアドバイスをするように。
「そうだ」
桜さんがふと思いついたように言った。
「お前もなんか決め台詞あったほうがいいな」
「え、どういう意味ですか」
「『信金マン 和久井健太』ってドラマがあったと思いなよ、俺は映画のほうが好きだが、ここは百歩譲ってドラマでいいや。で、その時、最後にやっぱり決め台詞が欲しいじゃないか」
なんで自分がドラマになるんだとも思ったが、面白いので、
「決め台詞ですか、どんなのがいいですかね」と和久井も調子づいた。
「そうだなあ、お前は松浦秀樹みたいに切れ者って感じじゃないからな」
「まあ、それはそうですが」
松浦秀樹は、原作者の注釈によれば、東京大学経済学部卒でハーバード・ビジネス・スクールへの留学経験もある、つまりは超エリートだ。しかし、そんな絢爛豪華なキャリアを感じさせないほど情に厚く、破天荒に活躍するさまが人気の秘密らしい。
ともあれ、松浦秀樹のような切れ味がないとすれば、ここは情熱で勝負するしかない、そう和久井は思った。
「『地獄の果てまで追いかけてやる』ってのはどうでしょうか」
「ばか。それだと街金じゃないか」
「駄目ですか」
「駄目に決まってるだろう」
「『御役に立てたなら光栄です』ってのはどうだ」
「じゃあ、桜さん、ひとついいのを考えてくださいよ」
「『信金マン 和久井健太』のキャッチフレーズは、うーん、そうだ、『御役に立てたなら光栄です』ってのはどうだ」
「『御役に立てたなら光栄です』ですか……。なんか、弱々しくてかっこ悪くないですか」
「馬鹿だなあ、こういうのをかっこいいと思わなきゃ駄目なんだよ」
でも、と和久井がすねてみせると、桜さんは真面目に向き直ってこう言った。
「お前、仕事ができるようになりたいか」
「まあ、それはそう思いますね」
「じゃあ、まず困っている人の悩みを解決するってことを心がけるんだな」
「はあ」
「困っている人は世界中にうじゃうじゃいる。確かに、アフリカの飢餓や中東の難民の問題は一介の信金マンの手に余る大問題だ。だけど、平和な国に住んでいる我々日本人の悩みは、難病を除いちまえば、金の問題で解決するものがほとんどじゃないか」
「まあ、それはそうかもしれません」
「だったら、それを信金マンの知識とテクニックで解決してやるんだよ。自分が幸せになりたかったら、まず他人を幸せにするんだな、そうすれば――」
そこで妙なタメをつくってから桜さんは、
「モテるぜ」と言った。
この一言で和久井の六畳間が消えて、そこは鞍馬の駅前に一変した。花脊峠への坂道をあの見事なプロポーションの女性ライダーがダンシングしながら登っていき、振り返ったと思ったら、魅惑的なウィンクを投げかけた。