結婚や住宅の取得など、家族のライフステージが変わる局面では、将来の生活設計を巡る対話が欠かせません。しかし、ほかの親族にも影響をおよぼす重大な決定が、事前の相談もなく一方的に進められてしまうケースがあります。将来の介護や相続にも直結する問題を巡り、家族間で生じる認識の乖離と疎外感について、ある30代男性の事例から考察します。※本記事に掲載している事例は、プライバシー保護および情報の一般化のため、実際の相談事例をベースに一部の数値や設定を変更・再構成したものです。
「な、なんで…実家がなくなってる?」手土産を抱えて更地を前に立ち尽くし…生まれ育った家を両親が勝手に売却。家族ののけ者〈東京から帰省した31歳長男〉 (※写真はイメージです/PIXTA)

生まれ育った我が家が消滅

「盆暮れに帰省しなかった自分が悪いのかもしれませんが、まさか生まれ育った家そのものがなくなっているとは夢にも思いませんでした」

 

乾いた笑いを浮かべながらそう語るのは、都内のIT企業でプロジェクトリーダーを務めるツトムさん(仮名/31歳)です。

 

近畿地方の都市部出身のツトムさんは、地元の進学校から都内の私立大学へ進学。卒業後はそのまま東京で就職し、多忙な日々を送る独身男性です。家族構成は60代の両親と、3歳下と6歳下の2人の妹。父方の実家は代々続く地元の旧家で、親族の多くが同じ地域に根を下ろして暮らしていました。

 

「長男だからといって厳しく縛られることもなく、どちらかといえば妹たちのほうが可愛がられて育ちました。私自身は放任主義をいいことに、学生時代から長期休暇になれば車で全国を気ままに巡るなど、自由に過ごしてきました」

 

激務が続いていたこともあり、地元への帰省はここ1年遠のいていました。ようやく担当案件が一段落し、有給休暇を繋げて大型連休が取れた秋口、ツトムさんは東京の流行りの菓子を買い込み、久しぶりに車で帰省することに。

 

知らぬ間に部外者にされていた長男

高速道路を降り、懐かしい街並みを抜けて生家があるはずの角を曲がったとき、「な、なんで……」とツトムさんは目を疑いました。

 

「庭にあった栗の木も、ブロック塀も、母屋もすべて消え去っていて、赤土がただ広がっていたんです。住所を間違えたのかとパニックになりました」

 

茫然自失で立ち尽くしていると、通りかかった近隣の住人から「ツトムちゃん、どうしたの?」と声をかけられました。事情を話すと、「あら、聞いてないの? ご両親なら古い土地を売って、少し先の高台に立派な家を建て直して引っ越したわよ」と驚きの事実を告げられたのです。

 

教えられた住所へ車を走らせると、閑静な住宅街の一角に、広々とした敷地を持つ真新しい一軒家が建っていました。表札には確かに父親の苗字が刻まれています。

 

胸騒ぎを覚えながらインターホンを鳴らすと、応答したのは聞き覚えのない若い男の声でした。ドアを開けて現れた見知らぬ男性は、ツトムさんが名乗るなり「ああ、東京のお兄さんですか! 話には聞いています、どうぞ上がってください」と人懐っこい笑顔を見せました。

 

奥から慌てて出てきた母親に問い質したことで、ようやく事態の全貌が判明しました。

 

地元で就職していた上の妹が妊娠を機に結婚することになり、心配した両親が新婚夫婦に同居を提案。築年数の経っていた旧家を取り壊し、妹夫婦と暮らすための新居を用地ごと取得して新築したというのです。ツトムさんへの連絡について母親は「お父さんが伝えていると思った」「誰かがLINEしたはずだった」と悪びれもせず言い訳を並べました。

 

耐えかねたツトムさんが「なぜ家族の重大事を一言も相談してくれなかったのか」と詰め寄ると、リビングのソファに腰掛けていた父親は、冷淡な口調でこう吐き捨てました。

 

「お前は東京で好き勝手に暮らしているんだから、こっちの土地や家の話に口を挟む筋合いはないだろう」

 

新居は完全同居型の仕様で、ツトムさんが泊まれるような予備の部屋すら用意されていませんでした。見知らぬ義弟と妹が暮らす空間に自分の居場所がないことを悟ったツトムさんは、夕食の誘いも泊まりも断り、その日のうちに東京へと引き返しました。

 

後日、関西の大学に通う下の妹に電話で憤りをぶつけたものの、「お兄ちゃん知らなかったの? ウケる」と一蹴され、「お姉ちゃん夫婦が親の面倒を見てくれるなら、私にとっても好都合だし」と他人事のように笑われたといいます。

 

「独立した身とはいえ、家族の枠組みから完全に締め出されていたショックは消えません。父のいうとおり、遠く離れた私にはもう帰る家などないのだと痛感しました」